節足雑踏イケタライク

日々思った事や、書籍・映画・その他の感想なんかを呟きます。あまりマジメではございません。

「火星に住むつもりかい?」の真壁捜査官に学ぶ虫に学ぶ

童話や昔話にはマイルド化、と呼ばれる現象がある。マイルド化とは、マイルドになる現象である。まぁ、原点の過激な描写が抑えられるなんてのは、リメイクではザラにある事なんですが。昔話や童話は特にその傾向が目に見えやすいというのは、ありますね。

 

例えば、シンデレラ。グリム童話に於いては、「靴」を無理やり履くために、義姉が自分の足を切り落とし、最終的には色々あって、義姉は盲目となってしまう。こんなもん当然カットである。義姉は地味な脇役で良い。最初のページ、ただ棒立ちで意地悪そうに笑うだけがお前の出番だ。お前の晴れ舞台などその程度だ。

 

例えば、桃太郎。大きな桃からオギャアと生まれた謎の生命体だが、古いお話を確認してみると大きな桃を食べて、若返ったお爺さんとお婆さんの間に出来た、普通のお子さんである。……普通ではねえけど、まぁ……の異質さは薄れた。……そう考えると、もう2、3人増えるかもしれんな……。……ま、養育費には困らんだろうし大丈夫だろう。

 

例えば、かちかち山。狸はおばあさんに「怪我をさせた」くらいになっている事があるようだが、元々の話では殺して鍋にしておじいさんに食わせている。鬼畜外道のサイコパスである。対する兎もなかなかアレだけれども。……ちなみにマイルド版でも兎は普通に狸を燃やすんですよ。タイトル回収は全てに優先されるのだ。

 

コレは、仕方のない側面もある。そもそも、特に口伝の「お話」とは時代とともに流れ、移り変わる物。特定の変化だけを殊更に問題視したり、ご家庭それぞれの方針を無視して「最近のマイルド版を」「いやいや原典を」と押し付けたり、書店に「この流れの物しか(は)置くな」とクレームを入れたりすると、大変ややこしい話になる。

 

ただ、アリとキリギリスと言うお話に関しては、ちょっと毛色というか、問題の質が違うんじゃねえか?となっちゃって。

 

まぁ、最後。「いやウチも食料キツいんで」と断るか、「困ったらお互い様ですよ」みたいな精神で、家に招くのか、と言う問題なんですが。

 

招くの……マイルド化なの?……と言う問題になります。いや、だって、キリギリス……弱った、死にかけの、キリギリスが、蟻の、巣穴に、招かれてるんですよ?

 

……食われるでしょ?

 

コンディションの差は歴然ですよ。若干寒いのキツいなー、くらいの蟻の巣に、死にかけキリギリスが入ったら、そりゃあそこから先は一方通行ですよ。描写の外で明らかに食われている。コレをマイルド化として良いものだろうか。

 

……「断られるルートでもキリギリスは死ぬので、ならばただ死ぬよりも食物連鎖の輪に組み込まれ蟻達を助ける結末の方がマイルドだと感じました」みたいな人。ドライで良い視点だ。友達になろうか。出版社の人もそういう意図でコレをやらかしたのなら、その人の担当した他の童話も読んでみたい物ですが。

 

多くは擬人化されている童話を例に出してこういう事を言うのは本当に無粋なんですけれども、虫とか動物とかの人外の実在生物連中、基本的に文字通り弱肉強食の、道徳も仁義もクソもねえ世界に生きているので、あいつらから子供の教育に良い「教訓」を得るのは難しいんですよ。適度に、見て見ぬフリをする必要がある。場面場面では良い事をしているように見える事も無くは無いが、何かがウラにある場合が殆どだ。

 

そこに行くと伊坂幸太郎著、「火星に住むつもりかい?」の虫好き特別捜査官、真壁さんは良いですよ。良い感じの脚色でごまかさず、エグいエピソードをポンポン投げる。

 

……ただ、この作品、前半割とエグいから、元気がある日じゃないと読みにくいんだよな。

 

 

【あらすじ】

「安全地区」に指定された仙台を取り締まる「平和警察」。その管理下、住人の監視と密告によって「危険人物」と認められた者は、衆人環視の中で刑に処されてしまう。不条理渦巻く世界で窮地に陥った人々を救うのは、全身黒ずくめの「正義の味方」、ただ一人。ディストピアに迸るユーモアとアイロニー。伊坂ワールドの醍醐味が余すところなく詰め込まれたジャンルの枠を超越する傑作!

 

 

……前半……ダメな人は本当にダメな描写があるから気をつけてね。……拷問もなー、キツい人はキツいよなー……それでいてそんなに「痛い」やつじゃないからグロとかバイオレンス系のエンタメを期待されるとそれはそれでなー……。

 

まぁ、良くないディストピアになっちゃった地域のお話です。ディストピアそんなに良くないんだけど特に良くない部類でね。メリットはそんなにねえのに監視体制だけやたらと張り切っちゃったから密告と内部告発でもう無茶苦茶。そんで私刑and処刑までやらかすんだからな。すぐ一歩先にあるリアルな監視社会、とは言わない。そういうのは別の作品があります。ここに行くまではまだ五歩以上ある。ご安心ください。

 

そんな地域で起こったとある事件と、そこに現れた「正義の味方」のお話。伊坂作品の中では「ゴールデンスランバー」に近いかもしれませんね。監視社会で、国家が敵で、終わり方の雰囲気も少し近い、気がする。

 

まぁ今回は作品の感想というよりは、真壁捜査官の紹介だ。

 

真壁捜査官はディストピアの管理サイドの人間です。ただ、管理サイドの中で割と嫌われている。特命係の右京さんみたいな感じで嫌われている。なんかやると「警部殿……!」ってなる。本人はそんなに気にしていませんが、そこそこヤバい状況にいる人だ。ここの警察に嫌われるとヤバイので。私刑とか処刑とかやらかすので。

 

しかし本人は気にしていない。右京さんですね。嫌味を言われながらもどこ吹く風だ。管理サイドの人間で、「正義の味方」の敵に当たる人物なのだけれど、そんな事は気にせず着々と事件の裏側を暴いていき、つまりヒーローのピンチである。ヤバいが、真壁捜査官は空気を読まないので、着々と追い詰めて行く。あんまり着々進めるものだからつい応援してしまった。

 

「やっぱり薬師寺さんたちは、一般市民を虫のように、アリのように思っているんですって。あ、ただ、アリは最も怖い昆虫の一つですからね。アリに擬態する虫もいるくらいです。アリギリスの幼虫も、アリグモ、アカアリモドキホソヘリカメムシの幼虫も、みんなアリそっくりです。擬態というのには、いくつか種類があるますけれどね、この場合は、ベイツ型の擬態、つまりは強いものにあやかって、真似して敵をびびらせようというタイプですから、アリは、アリのふりをしたくなるほど、強いってことですよ。アリに迂闊に手を出すと、一匹狙ったがために、何千匹も相手にする、なんてこともあり得ますから(P169)」

 

捜査官サイドにありながら、決して「ただの民衆」をなめない。自分達からすれば力の差はアリのような物だけれど、しかしそもそも、アリは強い。そういった部分で、ある意味真摯に向き合っていると言える。

 

そんな彼が活躍すれば当然民衆としては管理が強くなりグエェーッとなるわけで、実際そうなる。民衆の希望になり得る……かもしれない「正義の味方」は、真壁捜査官の手でどんどんどんどん追い詰められていく。

 

「途中で人の優しさとかに触れて、なんかいい感じに改心したりするんでしょう?」

 

残念ながらそんな事はない。真壁捜査官は最後までこんな感じで、そのスタンスを崩さず、自分の目的を決してブラさない。

 

「ゴキブリやハエはね、衛生害虫だよ。要するに不潔だから困る!というね。ただ、これで死ぬことはほとんどない。カメムシヤスデにいたっては、毒もなくてね、見た目が不快なだけの、不快害虫」

「はい、それが」

「害虫、と呼ぶのには実はそれほど害のない種類のもいるってことだよ。ぎゃあ気持ち悪い、の思いでどんどん殺すわけだ。ようするに人間にとって、邪魔かどうかはかなり、恣意的だってことだね。一方で、本当に迷惑な害虫もいる。農作物に悪影響を与える虫たちだ。それにしても虫たちに悪気はないだろうけど、とはいえ、これは目に見える被害がある。昔は、その駆除のために何が行われていたか知っている?」

「農薬のない頃ですか」

(中略)

「虫送りというやり方があって、祈祷で虫を追い払っていたんだ」

「祈祷で?効果あるんですか?」

「神社で祈祷してから、松明を掲げて、どんちゃん騒ぎながら、田圃を歩き回って、それで虫を払おう、という作戦だ。もちろん、まったく根拠はないよね。ただ、それくらいしか方法がなかったってわけだよ。それから江戸時代には、田圃に油を流して、その油膜で虫を溺れさせようとしたらしい。虫っていうのは小さいし、すばしっこいからね、厄介なんだ」

「農薬が出来て良かったですね」

「そうだよ。まあ、安全地区の政策や平和警察ができたのも同じだよ」

「どういう意味ですか」

「厄介な邪魔者を退治しやすくなったんだから。そうだろ。まあ、農薬というよりは天敵による除去か」

 

(P 264-265 一部省略)

 

と、こんな具合で、案外このディストピアについては好意的。こんなスタンスで着々と自分の仕事を進めていく。他の警官からすれば穏当な手段を取ることが多いのは確かだけれど、それは「穏当な手段の方が長期的に見て得だから」で、他の過激な連中の物量作戦が必要なら、別にそれを止めたりはしない。

 

おいおいどうなるんだ。悪くなっていく一方じゃないか。

 

そんな不安を感じた方は、読んでみるのも良いんじゃないでしょうか。この記事ではあんまり触れていないけれど、ちゃんと「正義の味方」もいるから。貴方を助けてくれるかどうかは、ちょっと解らないけれど。……特にこの御時世に読んでみると、色々と良いですよ。色々と。

 

「日本にいるトゲアリって知ってる?(P489)」

 

「トゲアリはね、女王アリが、クロオオアリなどの巣に入って、まずそっちの女王アリを殺してしまうんだ。しかも、その女王アリの匂いを自分につける。そうすると、クロオオアリの働きアリたちが、トゲアリの女王アリを自分たちの女王だと思い込んでね、せっせと世話をしてくれる。トゲアリの卵や幼虫を育てるわけだ。そうこうしているうちに、クロオオアリたちは寿命で死んでしまうから、いつの間にか、トゲアリのコロニーができあがっているんだよ(P489-490)」

 

虫に学ぶとエグい事になるけれども、まぁ、悪い事ばかりとなるわけでもなく。良い方に進むかと言われれば結論としてはこの本の最後の方にあるみたいな灰色の結論とするしかないわけですが、しかしそれは虫に学ばなくとも、例えば人とかに学んだところで大抵の事はそうなってしまって、結局はそれが一番ですよ。灰色、困るは困るけれども、困らない事はどの世界でも無いので。大抵地球はいつも誰かが困っています。火星に行けば困らない可能性があるので火星に行くしかありません。行けないならしゃあないのでなんとかしましょう。

 

そもそも俺、アカウント名からして駄目な人からすれば不快生物だしね。虫だーっ殺せーって世界は、ちょっとノーセンキュー。かといって何でもアリだぜヒャッハー!な世界もねえ、こちとら土壌動物における生物指標の最高得点ですので。敵の多い環境だとすぐに死ぬ。自分の長生きくらい願わせてください。