ミロのヴィーナスは、ギリシア神話のアフロディーテを模した……のでは無いか、と考えられている彫像であり、その最も大きな特徴といえばやはり、両腕が欠けている所だろう。
これまでに何度か「元はこうじゃないか?」という復元が想像の中で為されてはいる様だが、実際のところは不明のまま。「存在しないからこそ想像によって理想の腕が形成される」という見方すらも定着し、仮に「実際の姿」が確定したとしても、果たしてその通りに復元されるのかは微妙な所だろう。個人的にはされないと思う。
ところでここに、モナリザを見て……フフ、下品なんですが……「勃起」しちゃった男が存在する。
名を吉良吉影、という。ジョジョの奇妙な冒険、第4部の登場人物である。サラリーマンでありながらシリアルキラー、という隠れた一面を持つ彼には、もう一点隠している部分があり、それが「手フェチ」である。
彼がそれぞれの「理想の腕」を想像させるミロのヴィーナスを見たら、どうなってしまうのか。エラい事になってしまうのではないか。吉良吉影のシアーハートがアタックされ、キラークイーンがバイツァダストしてしまうのではないか。
まぁ、俺はしないと思いますけれど。
いやぁ、だって……ImaginationによるMasturbationで満足出来るなら、アイツ、シリアルキラーやってないだろうからねぇ……。
……お察しかもしれないが、この記事はコレが言いたかっただけですよ。でも、もう少し続けよう。記事にするには短い。オチにするには弱い。
吉良吉影の好みは「造形の美しい手」である。そこには例えば、その手の持ち主の精神性、の様なものはあまり考慮されていない。それはこんな台詞に表れている。
「心は醜いが美しい手と顔をした女だ」
「このわたしのところに来れば清い心で付き合えるよ……」
注目すべきは、「顔」も好みの判断対象に一応入っている所(当然のように「手」が先ではあるが)と、「心は醜い」と断じている所だろう。
彼女は彼氏のプレゼントを質屋で売ろうとしていたところを狙われてしまった。確かに、あまり褒められた行動では無い。しかし「よく話に聞く」ラインの行動ではある。気に入らないプレゼントの対処法については、現代のネットで度々話題に上がり、そのたびに俺は「こわー……」となっています。無縁ゆえに洒落怖と同じ感覚で楽しめるぜ。
この辺りの行動で「醜い」と断じに掛かるあたり、吉良吉影に染み付いた「モラル」のような物は、世間一般のそれよりもやや高いのでは無いか、と考える。それはモナリザ見たら勃起しちゃったよ、という体験談を話す際に、「フフ……下品なんですが……」と断っている事からも窺える、かもしれない。
無自覚なセクシャル・ハラスメントが問題になる中で、吉良吉影は「これは下品な話題である」と自覚している。それでもやる、というのが吉良吉影性である。
吉良吉影性とはなんなのか。「フフ……下品なんですが……」と「心は醜いが」の直後には、共通する文を入れられる。
「それはそれとして」である。
下品なんですが、それはそれとして、俺は勃起の話をするよ!
心は醜いが、それはそれとして、手と顔は良いと思う!
「それとこれとは別の話」を即座に判断、実践できるのが吉良吉影性であり、これは最終的に吉良吉影が高いモラルを持つそれなりに優秀なサラリーマンでありながら、それはそれとして、人を殺すのになんの躊躇いもないシリアルキラーでもある、という所にかかってくるのである。
この文章を読んで「成程!」と思った人は、まぁ、詐欺とか気をつけた方が良いよ。こじつけでしか無いのでね、こんなもん。
それはそれとして、こじつけるのは面白いのですが。ミロのヴィーナスの話から遠くにきたものよ。
……言うほどミロのヴィーナスの話だったか?