節足雑踏イケタライク

日々思った事や、書籍・映画・その他の感想なんかを呟きます。あまりマジメではございません。

「ギフテッド」は落ち着くが、心休まるとは限らない。

先日チルアウトというエナジードリンクを飲む機会があったんですね。

 

エナジードリンク、あんまり飲まないんでこれはイメージの話になるんですが、エナドリはこう、「仕事をやってやるぜ!」みたいなテンションの際に使うものだと言う認識があったところで、チルアウトは「リラックスする時に!」みたいなテンションで使え、と広告されていたんで、それでちょっと興味を持ったんだな。

 

効果があったかどうかといえば、「一般的なエナドリくらいの効果はあったんじゃないかなぁ」という感じになりますが。リラックス……いつもより出来ていたような気もするが、偽薬効果だと言われれば、それもまぁそうかもなぁくらいで……。味も飲みやすい部類ではあったんだが、ジュースとしては割高だしねぇ。

 

今回ギフテッドを読み終えた、第一の印象が「落ち着くなぁ」だった。

 

なんだろう、死期の近いお母さんと、その娘さんの交流が、常にメメントにモリな感じで、それでいてこう、「死ぬから悲しい!泣け!」みたいなクドさが無く、淡々と物語が進んでいくんですね。読んでいて深く物語に集中し、入り込む事が出来た。

 

その結果リラックスというか、日常の喧騒から離れる……ような感覚になり、チルく落ち着く事になったのだろう、と、自己分析しております。

 

漫画やアニメにこじつける回路もねえ、どうやら「死」と結びつくと、働きが鈍くなるようだ。西村賢太さんの遺作や特集に触れなかったのも、今にして思えばおそらくコレが原因か。「人の葬式で漫画やアニメのネタではしゃぐのもな」と、それは流石に良心が痛むと言うかなんというか。

 

「平時から控えろ」と言われたら、そりゃあお前、うるせぇばーかとなりますが。

 

そんなわけで読書メモにおいて、あんまり漫画やアニメみたいな脱線話が出来なかったので、その分を発散するための前書きでしたとさ。さぁ読書メモ本文だ!

 

あ、落ち着くとは言ったけど、「居心地が良い」とかそういう落ち着くではないです。なんだろう……言葉の表現としては悪いが、テンションが下がる……ダウナー方向の落ち着くですね。つまらない訳ではないのだが。そういう訳ではないのだが。

 

じゃあ読書メモやっていきましょう。ネタバレ注意

 

 

【あらすじ】死期の近いお母さんと、その娘さんが交流する話。

 

語られているお母さんの情報は語り手である娘さん視点によるものなんで、どうしたって多少のバイアスがかかっている、というのを意識した上で「長くない」のはまぁ確実かな……。外見的な描写もそうだし、あとは行動の描写からも窺えるか。この辺りの筆致はさすがプロだ。

 

布団に座ったまま、量販店の安いテーブル越しに申し訳なさそうにする姿は、最期の日々、なんていう言葉からあまりにかけ離れている。

(文學界六月号 P12)

 

「かけ離れている」と言われ、一瞬「?」と思いましたが、続く文章からするに、おそらくもう少し華美なものをその言葉の印象として持っていた、という事か。こう、緑豊かな郊外のバルコニーでティータイムを取っていると眠るように的な。そういうアレのイメージか。

 

……まぁ、無理よなぁ。「歳とってから田舎に住むと体力の低下が命取りになるぞ」の、そのさらに上の状況ですものなぁ……。運動は日頃からしておいた方が良い。わかってはいるが。

 

「時間がなくなっちゃった。 もう本当に。 教えてあげなくちゃいけないことがたくさんある気がするのに」

(文學界六月号 P13-14)

 

こういう切実な描写をかさねられたその状況で、貴方は漫画やアニメがどうこうでふざける事が出来ますか?と、そういう話になってくるんだよな。俺には無理だよ。

 

いや、ネタは思いつくんですよ?最近(最近でもないけれど)読んだ「『久しぶりに再開した親子』の描写で良かったのはカイジの24億逃亡編におけるカイジとその母親」みたいな話から、「24億逃亡編色々と言われているようだけど俺は少なくとも和也と色々やってた時よりは好きだよ」みたいな話につなげようと思えばつなげられますよ?

 

ただ、やらない。描写が切実なので。

 

……こういう事を書くと「お前が今まで漫画やアニメのネタを放り込んでた描写は切実じゃなったのかよ」みたいな事を言われそうだな……ええと、少なくとも俺にとっては切実じゃなかった文章もあるし、あと場面としては切実だというのは理解した上で想起されたネタがあまりに強烈すぎて文脈として適切ではないと判断した上でそれでも、と書いた場合もあるし、あと言ってないだけで今までの文章でも我慢していた所はあります。ケースバイケースです。万事。

 

ことあるごとに死にたいと口にする女で、友人たちの間では単に機嫌が悪いとか、悲しいことがあったとか、会いたいとかと同義にその言葉を受け取る習慣ができていた。

(文學界六月号 P17)

 

娘さんサイドのご友人。

 

……居るなぁ。「あるあるネタ」であると判断し、そのように処理していたらそのうちにマジで、という顛末含めて……ある種の「あるあるネタ」ではあるのだろうが、これも流石に茶化す気にはならんよ。

 

お母さんはしばらく出てこないのかな。まぁ、うむ、病院で寝とるんだろう。無理はしない方が良かろ。

 

ーーこっちにいたとして、あの日みたいに今から死ぬって連絡きてたら、うちら止めに行ってたかな。
ーーだからさ、それはもうわかんないよ、でも今までもそんなメール来て、電話したことくらいはあったし、飲み行く?とか聞いたこともあったけど、本気にしたことなかったよ、私は。だってあの子も本気じゃなかったもん。死にたいなんて言ってくるヤツ、客でも女でも腐るほどいるしさ。その中のほんの数パーセントとか、もっと少ない、宝くじ当たるくらいの割合が本当に死んじゃうんだとしても見分けつくわけがない。

(文學界六月号 P20)

 

まぁ、そうなりますわよねぇ……。

 

実際どういう対応が正解なのかというと、これはまたケースバイケースだからなぁ。極論「こういう対応が正解だろ?」という態度での対応になってしまうと、それ自体が文字通りの致命傷になり得るというか……ちょっと「N/A」みたいな話にもなってきますが。

 

 

zattomushi.hatenablog.com

 

 

そういえば「2000連休」にも似たような話があったな……。ちょっと引用してみるか。

 

大学生の頃、 自殺未遂をした知人が電話をかけてきた。しばらく入院していたが退院したという。 なぜ私に電話したのかを本人が説明し、共通の知人としてAとBという二人の名前をあげた。
「わたしが自殺未遂をしたと聞けば、Aは激しく怒り、命を粗末にしてはいけないと厳しく叱りつけるだろう。一方、Bはひどく取り乱し、ほとんど自分のことのように悲しむだろう。しかしあなたは、わたしが手首を切ろうが、病院に運ばれようが、たいして興味を持たないだろう。だから、わたしはあなたに電話をかけたのだ」

(「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」P140-141)

 

 

zattomushi.hatenablog.com

 

 

この上田さんの対応は、少なくともある種の人間に対してはベストなんだろう、と思うのだが、狙ってできるもんでもないし、「反応が欲しい、どういうベクトルでも構わない(どういうベクトルでも構わないとは言っていない)のでとりあえず反応が欲しい」みたいな人にこれをやってしまうと悲劇が起きてしまうので、コレもまた難しいですね。

 

結局ケースバイケース、という話になってしまうのか。それ以外の結論は出せねえだろ。共通規格では無理だろ。

 

「じゃあ逆にどうあがいても間違っている最悪の対応は?」

 

……山岡(美味しんぼ)が岡星さんにやった奴じゃない?いや、あの後にいくら良い言葉が続くとしても、それは掴みとしてあまりにもキャッチー過ぎるというか……。

 

……次点で「空が灰色だから」の熱血教師が不登校の子にやった奴系の対応か。時としてそれが正解の場合も少数ながらに存在はするだろうから、まぁ……非常に分の悪い賭けにはなるけど、最悪では、ない……かな?そもそも賭けでそんな対応をするな、という話になるか。それはそう。間違いなく悪手寄りではある。

 

まぁなんにせよ原則「死ぬな」しか言えませんよね……。専門のカウンセラーさんでもなけりゃそれ以外の対応はなぁ……。

 

……!?(P22-23を読んで)

 

……「仕掛け」になり得る部分だから引用はやめておこう。見返したら14Pにもチラッとあったわ。多分ここが初出だ。

 

サラッとそういう情報を小出しにしてきますか……やりますね……。そういう人には見えなかった、と、これもまたテンプレ対応か。前半の母親に対する描写に感じた妙な感覚はこれだったか。読み返すのも面白いかもしれませんね。今はとりあえず本筋を進めるが。

 

……ブルーピリオドのヨタスケくんのお母さん、初見の際に見抜ける要素はあったんだよな……。……いや無理か……。居るもんよ、ああいう親……。黄金球(忍者と極道)の母親さえ、いるかいないかの話をするなら「いる」だろうからなぁ。恐ろしい話やでほんま。

 

「うん、今日やめてきた。よく覚えてるね」
「なんと。 店移るの? 引っ越すとか。あ、結婚とかおめでた。店と喧嘩した。転職。資格取得。 地元に引っ込む。 お金溜まって海外移住。歌手としてソニーレコードからデビュー」
「実はぁ、母が病気でぇ、そばにいてあげたいんですぅ」
「それ今まで何回使った? 俺、この店入って八年だけど、おばあちゃん五回死んでるけど」

(文學界六月号 P24)

 

使いやすいのはその辺ですよね。……言い訳で親族殺すの、話のネタとしてはよく聞くけど、実際には無理じゃないです?アレ。書類求められません?俺の職場ではなんか、出せって言われるぞ。言われないところもあるのかな。

 

「倒れたって聞いたんで駆けつけたんですけど、本人とお医者さんが頑張って、なんとか無事に済みました!結果すげぇ元気になったので元気すぎて診断書は出ません」

 

とかならまぁ、1回くらいはいけるかな。無理だろうな。なんでぶっ倒れたやつが診断書出ないレベルで元気になってるんだ。ザオリク唱えたんか。

 

……調べて知ったけど最近のザオリク、全回復しないんですね……最近って言うか、かなり前から……ドラクエあんまりやった事ねえから、完全に雰囲気でしゃべっている。ビアンカ・フローラ論争とか、知ってはいるけどね。話だけ聞く感じだとデボラもそこまで悪い感じはしないんですが、どうなんでしょう。

 

ちょっと明るい(当社比)あるあるネタがでるとすぐこれだぜ。ちょっと死の匂いが薄くなるとすぐこれだぜ。

 

お母さんのお見舞いに知らん人が来たよ。

 

そんなに経験はないけど、葬式、めちゃくちゃ知らん人が来るよね。びびるわ。

 

私の葬式あんなに人来ねえだろうな……。……あれ?マジで誰も来ねえんじゃねえか?アレとかアレは多分俺より先に死ぬし……。……孤独死、怖いですねえ。片付けの手間がアレなのが一番なので、まぁ、そこまで人様の心配する義理はねえといえばねえのですが……。

 

「昔お母さんの世話になった人」でした。そら知らんわな。

 

それに、このあとどれくらい長い話になるのか、どうもこの男の話のペースを掴めない。 ゆったりしていて、優雅と言えば優雅だが、焦ったいといえば焦ったいし、話がさっさと終わってしまっては困るような、時間を稼いでいると思わせるところもある。

文學界六月号 P31)

 

「初めて会った悪い人ではなさそうなんだけど話がひたすら長ぇ人」の描写として適切な文章である事だなぁ。オブラートを目いっぱいに使って、それでも「この人の話要領を得ないなぁ」という思いがめちゃくちゃ伝わってくる。

 

「あなたの言いたいことは要するにこういう事ですよね?」したら10分くらいでまとめられるんだよな。「そうなんだけど、細かいニュアンスがね……」これで40分くらい追加される場合もありますが。増えた情報はまぁ5分くらいで収まります。

 

まぁ私も話が長くなる傾向にあるからあんまり人の事は言えんけど。いや、あなたの要点整理で省かれた漫画・アニメのネタ、結構俺が語りたかった部分でね……?本筋と関係があるかないかでいえば、まぁ、ないんだけどね……?

 

【P32】はなんというか、先ほど隠した場面の真相開示パートというかなんというか。これを真相開示というかどうかは意見の分かれる部分ではありますでしょうがな。結局「なぜそんなことになったのか」を、解りやすく解説しているわけではないので。頭につい血が上って、本来意図していた以上の事をやらかしてしまった、とそういう感じですかね……。事後の対応はまぁ適切(最初のやらかしが不適切、というのは事後の対応へのコメントでは禁句だろうよ)ですし。許す許さないは当人の決めることでな。

 

この後娘さんが「こういう事かな」と考え、それがはっきりと母から答えとして示されないのも、「当人が決めること」ということなのか。「答えを出さない」という単なる文学の作法かもしれないけどな。

 

「疲れちゃったかな、なるべく、 あれやっておきたいなぁっていうことを数日のうちに思いついたらするようにしてください。そのために助けが必要なら、お嬢さんでも、わたしたちでも、言ってもらえればできる限りのことはします」
医師の勝手によって、私もできる限り助けるためのグループに編入させられた。私にできることの範囲で、母を救うような行為はおそらくない。

文學界六月号 P46)

 

切実なシーンなんですが、ちょっと笑ってしまった。いや当人からしてみればなんも面白い話ではないんですけれども。あまりにも冷静な口調で言われたので……。お医者さんとかこれを言っている側にも、「まぁそこまで大それたことを言うことはないだろう」という諦念にも似た覚悟があるからこの発言だ、というのを踏まえれば、やはり笑うような場面ではない。

 

そういう事を意識しておくのは大事なことです。素のリアクションを記憶しておくのと同程度にはな。

 

【P47-48】……というかまぁここからラストにかけては全体的に母親と娘の子の関係性の集大成、という具合ですので、まぁ引用とかはしない(するなら全部になる)のですが、敢えて言える範囲の事を言うのであれば、お母さんの言葉や詩には、あの哲学者の言葉を思い出しましたね。あの哲学者って言ったけど、まぁ調べなおさなきゃですが。

 

……ウィトゲンシュタインだ。論理哲学論考……「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」……。真面目にどんな意味の言葉なのか、というのはそれは多分哲学に行った人の話を聞いてみないとわからないという意味ではこの言葉自体が俺にとっては「語り得ぬもの」ではあるんですが、まぁシンプルに「ようわからん事を迂闊に喋るな」くらいのニュアンスでいったん解釈するとして…………。

 

……何も言えないですね。詰んだわ。

 

……真面目に私が「ようわからん事」について全黙りした場合……何についてなら喋れるだろうか?まぁ純文学の感想は全アウトですねぇ、言うまでもなく。

 

 

 

そんなわけで読み終わりました。

 

「人の死」についての描写が前半と終盤にかなり濃く書かれていましたね。中盤ちょっとそっちとは別方向になりましたが……いやでも根本は同じか。「かつて(いうてそんなに昔ではない)あった身近(まぁ母親と比べてどちらがみたいな話になると意見はわかれるだろうけど)な人の死」、という意味では。そういう見方をすれば、終始「人の死」についてのお話だったのだなぁと思います。

 

俺が文學界読みだしてから一番「重い」話だったかなぁ……。個人の感覚の話になるだろうが。

 

この「重い」というのが重要で(なんかうまい事言ったみたいな漢字の並びになりましたね)、「暗い」ではないんだよな……なぜ暗くならないのか、それは解らない。深刻な話にしようと思えばいくらでもできるところで、ある程度セーブをかけているのか……。これももちろん個人の感覚の話になるだろうが。

 

……お金(治療費/葬式代)の心配とか無かったな。その点でいえばむしろ臨時収入があったか。あとお母さんの意識や思考は最後までしっかりハッキリしてたので、介護的な問題も無かった。まぁシンプルに弱ってはいたので、多少はあっただろうが、ボケとかは描写されている限りなかったかな。描写されてないところで多少老化ゆえのはあったんだろうけど。

 

そういう……言ってしまえば読者にとっても身近に想像出来る心配をいくらでも深刻に放り込もうと思えば放り込めるお話だったのにせずに、お母さんの過去であるとか、関係であるとかの、この物語独自の、オリジナルの方向に進んでいく。それが「暗さ」の低減として役立っていたのか、どうなのか。

 

そういう文学の技術的なことは、俺には語り得ぬことですね。沈黙!

 

あと単純に14Pの初出情報とか読み飛ばしてたから、俺の感性や集中力が鈍いだけかもしれないしね。読む人が読んだら超ド級のエンタテインメントになる可能性もまぁある……あるか……?

 

そういう人とあんまり友達にはなりたくありませんが、まぁ読み方は人それぞれだ。

 

俺の読み方も大概アレだしね。

「神とお弁当」はそれこそランチタイムに読むと良いんじゃねえかな

「神とお弁当」は174Pに始まって、13P後の186Pに終わるごく短い話である。まぁ、個人差はあるだろうがそれでも1時間もあればよめるだろう。例えば同号収録のN/Aは10Pから始まって49Pに終わるので、えーと……40Pで良いのか?大体3倍ですわね。

 

……単純に最終ページと開始ページの差ではないのだよな……いや考えてみりゃ当然なのだが……HUNTER×HUNTERの「現状」最新刊(だっけ?その1個前?)に、こんな具合に悩んでいる奴がいましたね。「殺した人数」と「レベル(とある『能力』に関係。1人殺すと原則1上がる。初期値1)」がズレて(初期値1だから1人殺すと2になる)気持ち悪くなってる奴。それと比べりゃだいぶ平和だが、まぁ直観と実際の挙動がズレると気持ち悪くなる、その気持ちはわかりますわ。植木算でしたっけ。突然出されると引っ掛かりますね。

 

……冷静に考えたらHUNTER×HUNTERのアイツの悩み、物騒過ぎるな。史上最も血腥い植木算よ。

 

ともかくそんな短い隙間時間に読めて、過度に感情が揺さぶられたり、なんか生々しい話題が出たりはそんなにしないが、不思議と充足感がある……今回初読の際の感想が「童話」だったんですよね。それも平和な奴。グリムの原典とかじゃなくて。子供に見せらんないアレじゃなくて。

 

童話の対象年齢は確かに子供かもしれないが、だからといって童話を子供だましと笑う奴はそれはどう考えてもそいつが間違っていて、そもそもこれは文芸誌の作品なので普通に大人向けである。それなのに「童話」の読後感。これは生半可なことではない。こう、温かい感じを得ることができたので、それこそランチタイムに読むと良いんじゃねえかなと思いました。

 

短いお話なんで「読みながら書いた読書メモ」ではなく、「読み終えた後の感想」を。メモする前に読み終わっちったよ。

 

 

 

【あらすじ】黒蟹県狐町に住む神が色々あってお弁当のコンテストの審査員をやる話。

 

まずはなんか恒例の流れ作業になってきた感もありますが、とりあえず。

 

純文学で「架空の県」ってアリなんだ!

純文学で主人公が神格ってアリなんだ!

 

おお、期せずして文字数をそろえられた。そんなつもりは無かったんだけども。

 

架空の県を舞台にしたお話、となれば一番初めに思い起こされるのはズッコケ三人組だが、それが純文学の世界にもあったのか。もちろんダメな道理はない。存分にやるがいい。

 

少し調べてみればこの作者さんの小説で何度か舞台になっているようですね、黒蟹県。存分にやってた。

 

「主人公が神格」……は、架空の県に比べれば、純文学でもあるだろうな、と思ってはいた(教科書に載るレベルの作品に既に『人間以外』……例えば猫を主人公とする作品が存在するため)が、実際目にすると感慨深い。やはりあったか。もちろんダメな道理はない。存分にやるがいい。

 

少し調べてみればこの作者さんの小説で何度か主人公になっているようですね、この神様。存分にやってた。

 

俺が文學界を読むようになってから、はじめての「人間以外」が主人公の作品か。やはり率としてはそこまで高いわけじゃないんだろうな。

 

しかして今回の神様なのですが、ううん……「神様」ではあるんですよ。時折ただの人間には出来ないようなことを……難しいようなことをしでかしてはいるし、その暖かなお人柄は、日本人のパブリックイメージとしての「神様(特定の宗教に属さない漠然とした概念)」像に近いだろう。この辺りの感覚は個人差もあろうがな。

 

どうなんでしょうね最近の若者の「神様(特定の宗教に属さない漠然とした概念)」像っていうのは。我々のそれと大差ないだろうか。自分の意見を「若者の意見」の1つに数えるにやや抵抗のある年齢になってしまった。少子高齢化社会の日本において相対的に見れば若輩に位置するのは間違いないのだが。この自覚があればそう無様を晒すようなことはない、と、思いたい。

 

話を戻すと確かに「神様」ではあるのだが、その挙動は「フィクションの主人公になった神格」としてはかなり慎ましい…………か?

 

……「神が主人公になったなら神(ゴッド)⭐︎パワーで好き勝手やらんと損やろ!」という理屈はわかるし、実際俺も「普通の作品はそうする」と書こうと思っていたのだが……思い当たった「神が主人公のフィクション」、みんな割と自重してるのよな……。

 

「大神」のアマ公も本気の時や全盛期はともかく平時は普通に善性の人助けワンちゃんだし……「聖⭐︎お兄さん」の二名は好き勝手やってるっちゃあやってるんだが、それでも市井の皆様は気にかけてくれている。気にかけてくれているからこそのあの二名、という言い方もできるのだが。

 

……あんまり好き勝手やる「神(を名乗る奴)」は、大概敵になっちゃうからねえ……「ONE PIECE」のエネルとか……この際「主人公」じゃなくても良いや、「味方サイドのメインキャラの好き勝手やる神格」……。

 

……ニャル子さんと姉なるもの……。

 

……あの連中の「マジ好き勝手」からすれば、かなり自重している方だとは思いますよ?元ネタも作品もあんまり詳しくないけど……。

 

話を戻す。そんな自重する事が割と多い「主人公の神格」と比較しても、「神とお弁当」の主人公の神様はまぁ自重していた。自重していたというか、不勉強ながら他の作品でのご活躍を知らないので勘違いしていたら申し訳ないのだが、あの、恐らくは、素の力がその、うーんと、そんなに……強くないっていうか、えっと、力の大小なんてものはその人の魅力を示すパラメータのほんの一つに過ぎないのよ、と昔どこかで誰かが言っていたような気がするセリフを吐きながらはっきり言うと弱いんだよこの神格。

 

もちろんそれが悪いという話ではない。確かにあからさまな「これが神々の神(ゴッド)⭐︎パワー!」というように圧倒的な力は持たないが、しかしだからこそ恐れられず……神様に使うには畏れられずの方が適切か、ともかくそういう事をされないで自然に受け入れられている。お弁当コンテストの審査員にはこれぐらいの神がちょうど良かろう。

 

いや真面目にね、このお弁当コンテスト、コンテストではあるんですが……。

 

最終審査で落とされる作品はなく、十人には十種類の賞が用意されていた。大賞である農林水産大臣賞と、県知事賞、道の駅賞、スーパーからたち賞、JAくろかに賞、JF黒蟹賞、KKCテレビ賞、FMシオン賞、黒蟹新報賞、審査員特別賞である。 選考会は十人をどの賞に割り当てるかを検討するふんわりとした会議であった。まるで出来合いの惣菜を与えられた弁当箱に詰める作業のようでもあり、「なんかそんな感じじゃない?」「たしかにそれっぽいかも」「いいと思いまーす」といったゆるい合意形成がなされて、めでたく各賞が決定した。

(文學界五月号 P184)

 

こんな具合なので、例えばあんまり規律に厳しい、キッチリ上下を決めたがる神様だったりすると、ちょっと話がややこしくなってしまうのですよ。町長ですらこんなノリだし。

 

「皆さんが喜んで、どこからも文句のでないことが成功なんです。たとえ茶番だとか出来レースだとか言われたとしてもね」
「なるほど」
「だってそもそも弁当に優劣なんてつけられます? 意味がないでしょ」
岩飛町長はそう言って去って行った。

(文學界五月号 P185)

 

このノリを飲み込める「人間味」はコンテストの審査員の必須項目であるわけですね……ぶっちゃけ人間の中にもキレそうな人、たまーに居るしね……。

 

この町長さんも町長さんで、「良く居る困った町長(まぁ人気はあるといえばある)」だったりするんですが、この発言とかから考えるに、普段は温厚な感じの人なんでしょうね。

 

町長の失言は、興味のない分野への対応が雑になるところから来ていた。雑に扱われた立場の人はもちろん傷つき、怒りを覚えた。それでも六期目を務める町長は人気があった。欠点が明らかになっているのでそれ以上、叩きようがない。失言もするが謝罪も早いし、正直で裏がないと評価する人もいる。思ったことをズバズバ言うので気持ちがいいと言う人もいる。間違いもあるけれどそこが人間らしいと言う人もいた。

(文學界五月号 P183)

 

いやまぁ、お弁当コンテストのスタンスの発言も、雑と言えば雑か。興味がないわけではないとは思うんだが……。黒蟹県の他の物語に出てきたりしないかな。俺とは無関係の紙面の人だから、個人の好みとしてはもっと迷惑な人寄りでも良いのだが……「塩梅」が非常にリアルで良いんですよ。

 

凡が読んでいたページの記事は「トンデモ町長の止まらぬ舌禍」というタイトルで、狐町長である岩飛陽一の写真とともに、二週間前の「文化なんてどうだっていい」発言や、昨年の「知事は目立ちたいだけの怠け者」、二年前の「国との戦争も辞さない」といった数々の放言について書かれていた。

(文學界五月号 P182−183)

 

ヒートアップした町長の発言、マジでニュースでたまに見るのでな。

 

お弁当の審査にあたって「市井の人々にとってお弁当とは『何』なのか」を調査する神と、それに対する様々な答え、そしてそんな神様が、最後に得た「お弁当」とは。

 

短い中にもしっかりとした読み味があり、他の黒蟹県のお話もぜひ読んでみたいと思った。

 

神田梨緒の母親である神田千鶴は、弁当とは我が子の笑顔だ、と思った。品数も栄養価も完璧なお弁当、よその子と比べて惨めな気分にならないきれいな色合いのお弁当、子供が大事にされていることが伝わるかわいいお弁当、苦手な野菜も食べやすく調理された賢いお弁当。「幸せ家族のアピールうぜえ」とか言うやつは地獄に堕ちろ。嫉妬の炎で燃え尽きろ。

(文學界五月号 P180)

 

人々の「答え」はマジで多種多様なのですが、1番良かったのはこの神田千鶴さんですかね。この姿勢を誰かほかの人に強制するのはまた違う話になってくるが、個人が己の裁量でやっているのなら……そして、おう、その手合いへの攻撃性は、そのくらいが適量さ!

 

もちろん言うまでもなく、この「答え」にも、本来、優劣なんざつけるものではないんですが。

さらば「お前いきなりアウトbot」

壱百満天原サロメ様の記事に書こうと思ったけど「……蛇足過ぎるよなぁ」と思ってやめた文章。

 

個人的に困っていた事をサロメ様に助けられた記録なので、まぁ別に読んでも良い事は無いです。いつだかのエグゼクティブシートのアレと同列だ。

 

 

zattomushi.hatenablog.com

 

 

それにしてもこれはこれで珍しい経験であった……。ので、書くか。書こう。そういう事になった。

 

 

 

zattomushi.hatenablog.com

 

 

「名前のない事象」に命名する、というのは立派な呪的行為であり、良くも悪くもその対象に大きな影響を与えるものであるが、今回この記事で「お前いきなりアウトbot」と命名した結果は、「悪い影響」だった。

 

具体的には出現頻度が爆増した。

 

出現条件を定義したのも良くなかったのだろう。条件を満たせばほぼ確実に、見境なく出現するようになった。この記事を書いた、つまり命名したのが5月の中頃だったので……大体2週間くらい「お前いきなりアウトbot」が俺の脳内ではしゃいでいたわけだ。

 

記事では「実害はない」と書きましたが、2週間もはしゃがれると大体どんな存在でもウザくなってきましてねえ……正直ちょっと閉口していたのです。考えてみれば元々俺だけに不快な思いをさせる奴ではあったから……俺にはしっかり実害があったのだなぁ。

 

あと現れる時の見た目が変わった。仮面ライダーゾルダ(記憶の中の姿なので細かい部分がボヤーッとしている)から俺になった。まぁアレですね。ストレスポイント倍点ですね。

 

 

まぁ、もう死んだので問題はないんですけどね。いや、そもそも生きていたわけではないのだが。

 

あれは忘れもしない、壱百満天原サロメ嬢の初配信の時です。

 


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「ですけれども!まぁ色々ありまして大体20歳を超えたくらいから『だからといってどうしようもないですわぁ!』という思考になってきたのですわ! (中略) こうなったら私お嬢様になるしかございませんの!」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

記事でも引用した、この言葉。この言葉を聞いた時、俺は理性ではなく本能で「敬意」を彼女に抱きました。無意識にのうちにとっていたのは“敬礼”の姿でした。涙は流さなかったが、無言の男の詩がありました。奇妙な友情がありました。

 

ほぼ初対面の女性に対して抱く感情としてはどうあがいても間違っているという一点を除けば、何も問題はないでしょう。その一点を除いて果たして何が残るのか。その疑問も除こう。そうしよう。

 

さて理性ではなく本能でそのような感傷を覚えておりますと、やや遅れて「理性」がやってくる。「理性」がやってきた時に、その後をアイツが付いてきました。「お前いきなりアウトbot」が。

 

口を開く前に私はアイツを倒しましたが。勝てるものだな。

 

いやまだなんにも言ってなかったけれど、なんだかすげぇ失礼な事を言いそうだったので。倒した。倒せた。腹パンで余裕だった。

 

うむ、考えてみれば言うだけ言ったらいつも全力で逃げていたような気がする。HPは低く防御は紙だったか。顔見たらその時点で殴るのが最適解だったな。

 

それでも「仮面ライダーゾルダ」の姿だったら、腹パンで沈む姿を想像できなかったので、俺の姿になった事が弱体化としてうまく働いたといえよう。やーい。俺のざーこ。俺ざまぁ。

 

これは言うなれば「幹部格が敬意を表した相手に『よくわかってない同僚』がダメな感じの事を言ったのでスパァン!と粛清するシーン」というか、もう言っちまうと本当にワムウが倒された時のアレだった。アレ、憧れてたから出来てよかった。

 

ただ今回のこれがアレだとすると問題もちょっとあって、まぁなんというか、『よくわかってない同僚』も俺(の中のお前いきなりアウトbot)が兼任している事ですね……。抱いた敬意はマジでガチのモノだ、と自分を信じたいのだが、うむ……今後の彼女の活動を見守っていく中で、確信を持ってその敬意をマジでガチのモノとしていきたい。

 

今回の件で実感したのは、「自分の思考の流れには自分本人にも制御できない部分がある」という事で、これはおそらく2000連休の本にあった「自動思考」という奴にあたるのだと思う。

 

……こじつけられるもんだな。

 

『いやな気分よ、さようなら』という認知療法の本を読んだ。かなり分厚い本で、色々と発見があったのだが、とくに大きいのは「自動思考」という言葉を知ったことだった。
人間の思考は自分の意思と関係なく自動的に生じていると指摘するもので、言われてみればすさまじく当たり前のことなのだが、これには催眠術が解けたような感覚があった。

(「人は2000連休を与えられるとどうなるのか」P 35)

 

 

これでいいのだろうか?

 

紹介されていた本や漫画はいくつかあるが、その中でも特にこの本は面白そうだと感じたので、機会があれば読んでみたいと思う。

 

……ただ、今すぐに読むとお前いきなりアウトbotが復活しそうなので、もう少し間隔は空ける。

 

まぁアレですね。

 

アイツに関しては嘘喰い伽羅さんくらい慎重な死亡確認を行う必要がある。「そこまでやらんでも」とは思いましたよ。うん。

 

……まぁ、脹相あたりまでは「……うーん……生きてるだろ」とも思っていたので、その必要性も理解はできるが。

 

脹相を「本来の用法」で使うこと、あるんですね。人生でそんな何回もはないだろうな。これはこれで珍しい経験だった。二度目はないと思いたい。冷静に考えて嫌すぎるわ。

ニ〇〇〇の連休と壱百満天の笑顔【壱百満天笑顔編】

YouTubeの配信を見ながら読書をするのにもだいぶ慣れた。

 

どちらがメイン、という事もない。どちらも同じようにこなし、片方がもう片方に比べ明らかに面白くなってきたら、その時は面白い方に集中する。趣味というのは少なくとも俺にとってはそういうもので、後ろめたさのようなものはそんなに無い。

 

酷い時にはここにFGOの周回とかマスターデュエルとか入ってきますからね。そういうマルチタスクばかりが上手くなる。これを仕事に活かせればええんですけどねぇ。そちらの方はダメダメだ。

 

さて先日、いつものように趣味のマルチタスクをしていると、「同じような話題を同時期に別媒体で聞く/読む」という割と珍しい体験をした。流石に「全くの同時期に」では無かった(本を『読む』方が少し早かった)が、そこまでいくと確実に作り話だと思われてしまうだろうから、むしろ良かった。

 

珍しい体験をしたならば記録しておいた方が良いだろう。読んでいた本と見ていたVtuberを。どちらも面白かったしな。

 

読んでいた本は「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」である。

 

 

見ていたVtuberは壱百満天原サロメさんである。

 


www.youtube.com

 

 

本……「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」には、こうある。

 

離人症という言葉を知ったのは二十歳を過ぎた頃だった。 自分がリアルに存在している感じがしない。自分自身が他人のように感じられる。かといって、他人だけがリアルに存在しているわけでもなく、他人もまた存在している感じがしない。そうした現象が症例として紹介されていた。不思議とうれしかった。 この感覚に名前が付いているということは、一定の状況において過去に別の人間の身にも起きた現象なのだろう。

(「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」P127)

 

Vtuber……壱百満天原サロメさんは、こう語る。

 

 

「わたくし生まれた時から何というのでしょう……わたくしがこの世界に居るのはなんだかおかしい気がずっとしていたんですのよね。なんだかこの世界が間違っているような……『どうしてわたくしはこんなところでこういう風にこんな暮らしをしているのかしら?』と思っていたのですわ。この気持ち……わかりませんか?」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

この「話題」を2つの「媒体」でほぼ同時期……10分は経っていなかったと思う……に叩き込まれたわけだ。なかなか無い経験だった。「どちらかを見ている最中にどちらかをふと思い出す」なら良くあるんですが、思い出すまでもなかった。ついさっきだもの。やや入力フレームに余裕のある黒閃ですね。威力は2乗だ。10分は余裕がありすぎる。

 

「このような感覚を覚えている(覚えたことがある)」ことだけを両者の共通点とすると、覚えた「感覚」は同じような言葉で言い表せるものかもしれないが、両者の対応は対象的だ。

 

 

 

本の著書、上田啓太さんはこの感覚を……ひいては、「この感覚を覚えている自分」を、徹底的に観察する事にした。なにせ2000連休だ。時間はたっぷりある。というか「この感覚」を覚えた(前々から多少覚えてはいたようなので正しくは『強く覚えた』か)きっかけがそもそも自己観察だったりする。

 

自己観察の末にこのような感覚を覚えたが、それでも手を休めることはしなかった。引用した127Pは章題によれば1500日目ほど……まだまだ時間はあるのだから。

 

就活の際に「自己分析」なるものを行った。今俺が書いたこの文章の「自己観察」も、未読の方からすれば「自己分析」みたいなものか、と思われるかもしれない。

 

とんでもない。あんなものはただの面接対策に過ぎない。面接対策に本書の「自己観察」は、とてもではないがおすすめできない。2000連休のその真っ最中という特殊な状況だったから出来た……出来てしまった、というべきであろう。

 

……結末近くの話になるなので反転しておくが、連休明けてもこの感覚自体はまだ割と残っているようだし。迂闊に踏み込んで良い領域ではないだろう。

 

この「自己観察」による対処は、「現実」による対処、と置き換えることができるだろう。「現実」に現実感が無くなったとしても、しかし事実として「現実」は現実のはずである。ならばこの現実に生きる自己を観察することで、「この感覚」に対処出来るのではないか。

 

……著者にそんな考えがあったかどうかは微妙だが(そもそも「この感覚」を覚えるその前から自己観察自体はしていた為。本当にそもそものきっかけ?自分で読め!)対処法として納得はできる。

 

……という風に納得していたが、読み返してみると、著者の考えと多分違うな…………。

 

一般に、離人感は「現実感の喪失」として位置づけられる。しかし、そのときに喪失された「現実」は、むしろ「幻想」と言いかえたほうがよい。離人感の強まった状態において、むしろ「現実」 はむきだしになっている。
頭脳はいつまでも「現実」に出会い損ねる。頭脳が幻想を生み出して、その幻想を感情が支えている。感情によって、幻想がリアリティを獲得する。そして、幻想が現実のふりをする。

(「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」P145)


……えっと、つまり「現実感を失った現実」が「幻想」で……違うな、「現実感を失う」際の「現実感」が実は「幻想」で……剥き出しになった「現実」をあらためて観察する事で……うん。まぁ、そんな感じ……で良いのか不安……。

 

「ここ」は1500日目を少し過ぎたあたりで、すでにある程度深い領域ではあるんですが……まだ「ゴール」ではないので、これから先どこまでいくのかは、実際読んでみて確かめてみてほしい。あと誰か「正しい解釈」を教えてほしい。

 

 

 

一方の壱百万天原サロメさんも、「ここまで」かどうかはともかくとして、自己を思い、考え、悩んだ事はあるだろう。それは人間なら誰もが通る道、ではあるが……。

 

「このですわ口調というのも本当に小さい時から悩んでおりましてどうしても皆様と、他の方達といろんなものが合わなかったりしたんですわ」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

……その口調からは、確かに「苦労」の重みを感じ取れる。

 

「苦労」の果てにサロメさんがたどり着いた「対処法」は、「理想」によるものだった。「現実」はどうにも居心地が悪い。「自己」もどうにも不自由だ。そのくせ「自然な在り方」のビジョンならば、いやに明確に見えている。

 

……なっちまえばいいじゃん。「お嬢様」に。

 

「ですけれども!まぁ色々ありまして大体20歳を超えたくらいから『だからといってどうしようもないですわぁ!』という思考になってきたのですわ! (中略) こうなったら私お嬢様になるしかございませんの!」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

……あの人は。あの人は夢を叶えたんだ……。

 

……いや、まだまだ全然その道の途中ではあるのでしょうが。応援しております。

 

自らが「しっくりとくる在り方」を観察し、それを定義し、そう振る舞える場を用意して、その在り方で居続ける……より正確な表現で記すのであれば、そのあり方を目指す自分自身を、現実(Vtuberに対しこの表現を使うのは注意が必要だが、現実として「株式会社えにからに所属する壱百万天原サロメ」があるのは間違いないだろう)存在させてしまう。

 

誰にでも出来る対処法だ、とはとても言えない。「それは本当に対処法と言えるのか?」についても、何も言えない。「このお方はこれからどうなるんですの!?」については、それをこれから見るのは我々自身だ、と答えよう。

 

……最後のアレは多分、もう見ている人だろうから、答える必要は無かったか。マジであの人のお嬢様言語、うつるんですわよね……。



「この感覚」に対する2種の対処法を見てきたが、どちらの対処法が優れている、という話はしていない。サロメさんの対処法についてわかりやすく「誰にでも出来る事ではない」とは書いたが、上田啓太さんの対処法も、大概誰にでも出来る事ではないし。

 

「現実」の対処と、「理想」の対処、どちらが正しいという事もなく……「特に対処せず普通に生きる」も良いだろうし、「詳しい人、専門家に話を聞いてみる」のも良いだろう。どんな風に「この感覚」と向き合うかは、それは人それぞれだ。他人がそれをとやかく言うのはお門違いであろう。

 

結局のところ何が言いたかったかといえば、珍しい経験をしたよ、という話と……そのどちらの話も、書籍も配信も面白かったよ、という話がしたかっただけなので、ここからはその話をします。

 

こちらでは「配信」の話をしよう。2つ同じ記事に書くと、とっちらかるわ。とっちらかったブログではあるが、それでも体裁というモノがある。

 

 

 

さて。

 

壱百満天原サロメ様のお話をするのでしたらそれにふさわしい口調というものがありましてよぉ~っ!以下はこのような口調でお話いたしますわ~っ!

 

……俺がやるとお嬢様じゃなくて「チンピラグループの中に一人だけいるいつも敬語の奴」になるので、やめましょうか……。やはり向き不向きというものがありましてよ。……「自然に出たのは直さない」くらいの塩梅でいこう。多分くにゃくにゃ伸ばし棒が良くないんだと思う。

 

壱百満天原サロメ様のことを簡単に説明いたしますと、先月の5/24にデビューしたばかりのお嬢様……を目指す一般人Vtuberである。

 

そのクセのある苗字、珍しいソロでのデビュー、諸事情による「これ本当に普通の新人なのか」疑惑などいろいろありまして、初配信の前から話題になっておりましたが、予想に反しまして普通に普通の新人でした。

 

こんな普通の新人がいますかですわ!

 

デビューして5日目には登録者50万人を達成、2週間で100万人!

 

所属するにじさんじ……いやいや、Vtuber業界全体でみても異例ともいえるスピードで、その「お嬢様」への道をずんずんと進んでいるわけです。

 

初手住民票、履歴書、マイナンバーカード、胃カメラ(後に胃ではないと判明)の開示……それに始まり、見やすい1時間程度のゲーム配信、お嬢様口調の似あう(時として似合わない)ワードセンス、普段Vtuberをあまり見ない層の開拓、かわいらしい声、キャラクター性……ここまで来ると何が要因とも言えず、「人が集まったから人が集まった」くらいのことしか確かな事を言えなくなってしまいますが、ともかく大変な盛り上がりを見せている。

 

 

 

ここまでウケた要因、は分からないが、俺個人がサロメ様の魅力だと思っている点は、やはりその「個性」だ。

 

「『どこまでも己に自信を持ち、つねに気品あふれる姿たらんとするお嬢様』……に、憧れる一般人女性(つねに気品あふれる姿たらんとするお嬢様たらんとはしている〈それでも時々一般人女性は出る〉)」

 

というその個性はどこまでも複層的であり、あるいはこれこそが【Vtuber】であるという意見もある程度までは頷ける。改めて書き出してみたらものすげぇ複雑な個性だな。上手い人がExcelで書くIF文みたいになっている。

 

(個人的にはRP系の言説(ここまでを反転して「そういう話題かー……」となった人はこの()の中を反転するのはやめとこうね!)はあまり好きではないのだけども、あえてそちらの話題に少し触れるのであれば、お嬢様RPが崩れても【お嬢様RPをしている一般女性RP】はむしろ強固になるので、まぁ無敵だよな!上弦の陸というか、メステルエクシルというか……そういうギミックのアレなりよ)

 

改めて考えてみるに、一番の「個性」の、その中でも特筆すべき魅力はその溢れる「自信」にあるのだと考える。

 

確かに、そのお嬢様口調で……あるいは、その「お嬢様を目指そうとする姿勢」で、並々ならぬ苦労はしてきただろう。現実世界で生きる上では、それは確かに険しい道になるだろう。彼女もそれは解っている。

 

だがしかし、現実でない場所でならば。Vtuberとしてならば。この個性をこの個性のまま活かしきる事が出来るのではないか。出来る。出来て当然だ。なにせこちとら、生まれつきのこの「個性」なのだから!

 

……サロメ様の配信から、そういう己の個性に対する自信を読み取ってしまうのは、俺だけではないだろう。だからこその100万人。存分にやれい。

 

実際、根拠のない自信ではないですからね。デビュー2週間ほどで登録者100万人だ。なんだこれは。だがしかしこれが現実なのだ。そういう現実もあるんですねぇ。現実さんはリアリティを考えねえからな。こういう事は稀によくある。

 

前人未到の速度の100万人。それを超えたお嬢様(一般人)は、果たしてこれから先どのような道を歩んでいくのか。

 

まだまだ目が離せない。100万人と共に、その活動を応援していきたいと思う。

 

何はともあれ、壱百満天原サロメ様、100万人おめでとうございます!

ニ〇〇〇の連休と壱百満天の笑顔【ニ〇〇〇連休編】

YouTubeの配信を見ながら読書をするのにもだいぶ慣れた。

 

どちらがメイン、という事もない。どちらも同じようにこなし、片方がもう片方に比べ明らかに面白くなってきたら、その時は面白い方に集中する。趣味というのは少なくとも俺にとってはそういうもので、後ろめたさのようなものはそんなに無い。

 

酷い時にはここにFGOの周回とかマスターデュエルとか入ってきますからね。そういうマルチタスクばかりが上手くなる。これを仕事に活かせればええんですけどねぇ。そちらの方はダメダメだ。

 

さて先日、いつものように趣味のマルチタスクをしていると、「同じような話題を同時期に別媒体で聞く/読む」という割と珍しい体験をした。流石に「全くの同時期に」では無かった(本を『読む』方が少し早かった)が、そこまでいくと確実に作り話だと思われてしまうだろうから、むしろ良かった。

 

珍しい体験をしたならば記録しておいた方が良いだろう。読んでいた本と見ていたVtuberを。どちらも面白かったしな。

 

読んでいた本は「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」である。

 

 

見ていたVtuberは壱百満天原サロメさんである。

 


www.youtube.com

 

 

本……「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」には、こうある。

 

離人症という言葉を知ったのは二十歳を過ぎた頃だった。 自分がリアルに存在している感じがしない。自分自身が他人のように感じられる。かといって、他人だけがリアルに存在しているわけでもなく、他人もまた存在している感じがしない。そうした現象が症例として紹介されていた。不思議とうれしかった。 この感覚に名前が付いているということは、一定の状況において過去に別の人間の身にも起きた現象なのだろう。

(「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」P127)

 

Vtuber……壱百満天原サロメさんは、こう語る。

 

 

「わたくし生まれた時から何というのでしょう……わたくしがこの世界に居るのはなんだかおかしい気がずっとしていたんですのよね。なんだかこの世界が間違っているような……『どうしてわたくしはこんなところでこういう風にこんな暮らしをしているのかしら?』と思っていたのですわ。この気持ち……わかりませんか?」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

この「話題」を2つの「媒体」でほぼ同時期……10分は経っていなかったと思う……に叩き込まれたわけだ。なかなか無い経験だった。「どちらかを見ている最中にどちらかをふと思い出す」なら良くあるんですが、思い出すまでもなかった。ついさっきだもの。やや入力フレームに余裕のある黒閃ですね。威力は2乗だ。10分は余裕がありすぎる。

 

「このような感覚を覚えている(覚えたことがある)」ことだけを両者の共通点とすると、覚えた「感覚」は同じような言葉で言い表せるものかもしれないが、両者の対応は対象的だ。

 

 

 

本の著書、上田啓太さんはこの感覚を……ひいては、「この感覚を覚えている自分」を、徹底的に観察する事にした。なにせ2000連休だ。時間はたっぷりある。というか「この感覚」を覚えた(前々から多少覚えてはいたようなので正しくは『強く覚えた』か)きっかけがそもそも自己観察だったりする。

 

自己観察の末にこのような感覚を覚えたが、それでも手を休めることはしなかった。引用した127Pは章題によれば1500日目ほど……まだまだ時間はあるのだから。

 

就活の際に「自己分析」なるものを行った。今俺が書いたこの文章の「自己観察」も、未読の方からすれば「自己分析」みたいなものか、と思われるかもしれない。

 

とんでもない。あんなものはただの面接対策に過ぎない。面接対策に本書の「自己観察」は、とてもではないがおすすめできない。2000連休のその真っ最中という特殊な状況だったから出来た……出来てしまった、というべきであろう。

 

……結末近くの話になるなので反転しておくが、連休明けてもこの感覚自体はまだ割と残っているようだし。迂闊に踏み込んで良い領域ではないだろう。

 

この「自己観察」による対処は、「現実」による対処、と置き換えることができるだろう。「現実」に現実感が無くなったとしても、しかし事実として「現実」は現実のはずである。ならばこの現実に生きる自己を観察することで、「この感覚」に対処出来るのではないか。

 

……著者にそんな考えがあったかどうかは微妙だが(そもそも「この感覚」を覚えるその前から自己観察自体はしていた為。本当にそもそものきっかけ?自分で読め!)対処法として納得はできる。

 

……という風に納得していたが、読み返してみると、著者の考えと多分違うな…………。

 

一般に、離人感は「現実感の喪失」として位置づけられる。しかし、そのときに喪失された「現実」は、むしろ「幻想」と言いかえたほうがよい。離人感の強まった状態において、むしろ「現実」 はむきだしになっている。
頭脳はいつまでも「現実」に出会い損ねる。頭脳が幻想を生み出して、その幻想を感情が支えている。感情によって、幻想がリアリティを獲得する。そして、幻想が現実のふりをする。

(「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」P145)


……えっと、つまり「現実感を失った現実」が「幻想」で……違うな、「現実感を失う」際の「現実感」が実は「幻想」で……剥き出しになった「現実」をあらためて観察する事で……うん。まぁ、そんな感じ……で良いのか不安……。

 

「ここ」は1500日目を少し過ぎたあたりで、すでにある程度深い領域ではあるんですが……まだ「ゴール」ではないので、これから先どこまでいくのかは、実際読んでみて確かめてみてほしい。あと誰か「正しい解釈」を教えてほしい。

 

 

 

一方の壱百万天原サロメさんも、「ここまで」かどうかはともかくとして、自己を思い、考え、悩んだ事はあるだろう。それは人間なら誰もが通る道、ではあるが……。

 

「このですわ口調というのも本当に小さい時から悩んでおりましてどうしても皆様と、他の方達といろんなものが合わなかったりしたんですわ」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

……その口調からは、確かに「苦労」の重みを感じ取れる。

 

「苦労」の果てにサロメさんがたどり着いた「対処法」は、「理想」によるものだった。「現実」はどうにも居心地が悪い。「自己」もどうにも不自由だ。そのくせ「自然な在り方」のビジョンならば、いやに明確に見えている。

 

……なっちまえばいいじゃん。「お嬢様」に。

 

「ですけれども!まぁ色々ありまして大体20歳を超えたくらいから『だからといってどうしようもないですわぁ!』という思考になってきたのですわ! (中略) こうなったら私お嬢様になるしかございませんの!」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

……あの人は。あの人は夢を叶えたんだ……。

 

……いや、まだまだ全然その道の途中ではあるのでしょうが。応援しております。

 

自らが「しっくりとくる在り方」を観察し、それを定義し、そう振る舞える場を用意して、その在り方で居続ける……より正確な表現で記すのであれば、そのあり方を目指す自分自身を、現実(Vtuberに対しこの表現を使うのは注意が必要だが、現実として「株式会社えにからに所属する壱百万天原サロメ」があるのは間違いないだろう)存在させてしまう。

 

誰にでも出来る対処法だ、とはとても言えない。「それは本当に対処法と言えるのか?」についても、何も言えない。「このお方はこれからどうなるんですの!?」については、それをこれから見るのは我々自身だ、と答えよう。

 

……最後のアレは多分、もう見ている人だろうから、答える必要は無かったか。マジであの人のお嬢様言語、うつるんですわよね……。



「この感覚」に対する2種の対処法を見てきたが、どちらの対処法が優れている、という話はしていない。サロメさんの対処法についてわかりやすく「誰にでも出来る事ではない」とは書いたが、上田啓太さんの対処法も、大概誰にでも出来る事ではないし。

 

「現実」の対処と、「理想」の対処、どちらが正しいという事もなく……「特に対処せず普通に生きる」も良いだろうし、「詳しい人、専門家に話を聞いてみる」のも良いだろう。どんな風に「この感覚」と向き合うかは、それは人それぞれだ。他人がそれをとやかく言うのはお門違いであろう。

 

結局のところ何が言いたかったかといえば、珍しい経験をしたよ、という話と……そのどちらの話も、書籍も配信も面白かったよ、という話がしたかっただけなので、ここからはその話をします。

 

こちらでは「書籍」の話をしよう。2つ同じ記事に書くと、とっちらかるわ。とっちらかったブログではあるが、それでも体裁というモノがある。

 

 

 

本書の題名は「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」ではあるが、あくまでも個人の考えとして、「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」という問いに対し、「こうなるぞ!」と本書を薦めるのは、これは違うのではないかと思う。

 

実際どうなるかは人による部分が大きいのは、それはまぁそうなのだけど、それを踏まえた上でも「こうなる」人はほんの一握りだろうよ、と思うからだ。

 

もちろん、2000連休を与えられたその誰もが、その連休を楽しめるとは思わない。数日、数週間、数ヶ月はまぁやりたい事もあるだろうが、いずれは上田さんのように、深く思索を巡らす事になるだろう。

 

ただ、大抵は「ここまで」はいかんだろ。あくまでも1つのサンプルとして見るべきだ。

 

なので本当に「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」を疑問に思っている人(まぁそんな奴はそんな奴で一握りでしょうが)には題名から受ける印象ほど参考にはならんかもしれないぞ、とした上で、普通に読み物として面白かったです。

 

前述の「自己観察」をはじめとする実験の数々の描かれ方も魅力的ではあるんですが、敢えて言うのであれば、そんな様々な実験を行いながらも、結局のところ2000連休が日常として描かれているのが特に良かったと思う。そんな日常と実験が、地続きに、相互に影響しあっている。

 

例えば、長年飼っていた猫の死があった。

 

これは「非日常」である。猫を飼う、という日常を続けていれば、いずれは訪れるものではあるが、それでもこれは「非日常」であろう。毎日のようにこれが発生する、という事は通常、ない。

 

この出来事を経て上田啓太さんは、「死は本当に悲しむべきことなのか」という事を考えるようになる。上田さんの実験も、どちらかといえば、我々にとっては「非日常」的であり、この2つが連続して描写されれば、繋がりもあってスムーズに読むことができるだろう。

 

しかし実際にはこの間に「帰りに寄った喫茶店でビジネスマンが『スマホ代を工夫して安くした話』を得意気にしていた」だとかの日常的な描写が挟まり、そもそも「死は本当に悲しむべきことなのか」を考えたきっかけは猫の死もあるが、「泣けると評判の漫画を読んだらボロ泣きした(『猫の時より涙が多い』と同居人に怒られた)」のも大きい。

 

このような日常的描写は自己観察により深い思索を得た後にも突然出てくるので、それが良いアクセントになっていたと思う。深く日常あまり考えない事を考えた、程度では日常からは離れられないという事を、改めて認識させてくれる、独特の読み味があった。

 

 

 

筆者の上田啓太さんはブログ、「真顔日記」を長年続けている。

 

当ブログが始まったとき、いろいろなブログをのぞいてみたが、「真顔日記」は「これができるならこれをやりたいけどこれ目指してできるもんじゃねえよなぁ……」と、その「文章の技巧」に唸らされた記憶があり、猿真似レベルを超えられてはいないが、おそらくそれなり以上に影響を受けている。

 

……例を挙げると、漫画や小説の脇役、モブに焦点をあてた記事は、確実に真顔日記の「深津を褒めるおじさん」の記事の影響で出来上がっている。リンク勝手に貼ってええもんかな……。……不安だからやめておこう。各自で検索してください。

 

 

zattomushi.hatenablog.com

 

zattomushi.hatenablog.com

 

zattomushi.hatenablog.com

 

zattomushi.hatenablog.com

 

……この辺かな。

 

いや、アレですからね!?違いますからね!?俺はもともとこういう「名もない民衆」とか「目立たないキャラ」が……違うな、「名もない民衆」とか「目立たないキャラ」までしっくり作りこまれた作品が好きで、注目していて、そこに「深津を褒めるおじさん」の記事を見て、「これ、ブログの記事にしていいのか!」と、影響を受けたと、そういう流れですからね!?

 

決して「モブとかどうでもええけど『深津を褒めるおじさん』の記事面白かったし真似したらウケるんじゃね」みたいな感じでこれらの記事を書いたわけじゃないですからね!?

 

もはや何を言ってもうさん臭くなるので、やめますが。多分他にも色々影響は受けている。……丸パクリはしていない……はず。題材被りはもしかしたらあるかも……。上の記事も広義では題材被りだし……。

 

その縁もありこうして本書を手に取ったが(まぁ当たり前といえば当たり前とはいえ)書籍でもその文章はしっかりと上田さんの味がした。これからも書籍を出す機会がもしあるようならば、応援していきたいと思う。

 

 

 

記事の最後にオチをつけるのも真顔日記から受けた影響の1つだ、とか言いたかったんだけれども。

 

「え?オチ、ついてたっけ?」とか確認されて、改めて滑ったら恥ずかしいからやめておこう。

 

今後も締め方というか、オチには期待しないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

するなというに。何を期待してスクロールしたんだい?

「お前いきなりアウトbot」と読む「N/A」

 

【6/22 追記 単行本化おめでとうございます。読んだのは文學界掲載時なので、引用部のページはそちらに準拠します。】

 

【あらすじ】LGBTQ……には「当てはまらない」女子の話。

 

「生理こないときはタカトシのタカをホーム画面にするといいってやつマジだった」

(P10)

 

良いぞ。極めて質の良い「あるあるネタ」だ。「謎としか言えないようなニセ医療情報」……そしてそれが意外に好評で、ウケてしまっている。そういう状況も、良く目にするようになってしまったか。それにしてもよくもまぁこんな突拍子の無いモノを思いつく。なんか元ネタでもあるのかな……(検索)……。

 

…………はい、実在でしたとさ。マジかよ。

 

いや、あるけどね、そういう、よくわからないこの世のエラーは……特定の社員さんがお茶を入れるとパソコンの調子が悪くなる、だとか……バニラのアイスを買うと車のエンジンの調子が悪くなる、だとか……。今回は「ひとしこのみ」的な、有用なバグなので、運営の神々におかれましては、直さなくていいんじゃねえかなと意見を送りながら、それはそれとして、これが事実かどうかに関しては、私は何ら関与しない。

 

確かめることもできないしなぁ……。不思議なことがあるものだなぁ……。

 

「敬語を使えよお前ら」と返す安住先生の声にも怒りは含まれていない。 安住先生の周りは明るい声で埋め尽くされていた。

文學界五月号 P12)

 

……良いなぁ……。この言葉から「怒り」の有無を判別できる能力、学生の頃から持ってるの、良いなぁ……。俺はこういうの全く判別できないから、謝罪の後ずっと敬語で話して、なんか白けた空気にしてしまってなぁ……。いやマジで出来る人は「良いなぁ……」と思っておりますよ。別に今でも得意という訳じゃないというか、割と今も苦手なのでな。その辺察するのは。

 

……苦手な人間が無理にこの辺り頑張って敬語じゃなく話しかけると、マジで地雷を踏みかねないので、改善の意思は、そんなに無い。

 

「翼沙、 また推し変した?」
「変わってないんよ。増えただけ」
「不純だ」
「は? 死んでほしいんだが」
相手を乱雑に扱う言動は、二人の中等部から育んだ親しさを証明していた。

文學界五月号 P13)

 

例えばこの説明の文章がすっぽり抜けていても、新人賞選考委員の皆様には、伝わるものなんだろうか。一人くらい、盛大に誤読する人はいないだろうか。

 

「『推しを変えるのは不純』としただけで、長年の友人に対しても死を望む。これは作品に描かれる現代の若者にとって如何に『死』が軽く扱われているかを示すと同時に、如何に『推し』に重きをおくかを表しているのだ」

 

とかなんとか。……実際、そういう「乱雑に扱う=親しさの証明」みたいな認識って、ちょくちょく事故を起こしますからね……。軽い接触事故から文字通りの致命傷まで……。まだまだ序盤でコレが出てきた当たり、なんとなく嫌な予感がするけれど……。

 

「彼氏の話していい?」
これは喫煙者の叔父が言う「タバコ吸っていい?」と同じで、承諾を得るための問いではなく、 これからオジロが行うことの宣言だと知っていた。 キャッチボールは求められていない。 ただの壁打ちだから、ぶつかった言葉に「いいよ」と返すだけでいい。

文學界五月号 P14)

 

反語ってそういうものよね。実際コミュニケーションでよくある事例ではあるのだが……この「行うことの宣言」、「ただの壁打ち」という表現を見たとき、一番初めに思い浮かべた問いかけが、「ダメステ良いですか?」だったのは、さすがにちょっとショックだったぜ……。もうちょっとその、まともなコミュニケーションというか、なんというか……。マジの壁打ちじゃないか……。3000超の打点で壁を殴り抜けろ。ホープ・ザ・ライトニング!アクセスコード・トーカー!

 

光属性相手にこれを言われると、やはり怖い。だいぶ古いカードなんだけどなぁ、オネスト……。いつの間にか無制限になりやがって……。ルール改定もありましたが……まだまだ奇襲性は非常に高い。

 

一時期のリンクスでは分断の壁も怖く、マスターデュエルでも安かったんで生成して使ってみたら、そこそこ良い働きをしてくれた。リンクスでは分断対策にあまのじゃくの呪いをピン刺ししていたこともあり、助けられたこともあったような気がするが……おそらくは印象バイアス。たいていは無駄な枠。

 

かけがえのない他人は、まどかにとって特別な意味を持つ言葉だ。 (中略) まどかの想像するかけがえのない他人は、重要度のヒエラルキーの中にはいない特別枠だから、独占する必要も、嫉妬する必要もなかった。 一階席の順番がどう推移しようと、二階にある特等席が消えることはないのだ。何者にも代えがたい、すごくやさしくしたいと思える人なのだから。

文學界五月号 P18)

 

恐らくは「テーマ」になりえる単語であろうな。

 

いやぁ、うん、まぁ、ねぇ……言わんとすることは解るし、それを求めるのも理解はできるし、たぶんそんなものは絶対に求めてないだろうなというのは承知の上で共感も出来るのだけど、その……さっきっから頭の中で北岡弁護士(仮面ライダーゾルダ)がめちゃくちゃ煽ってきよるのよね……。

 

 

「『かけがえのない他人』っていうのはさ、『かけがえのない他人』になろうとした瞬間に失格なのよ。お前、いきなりアウトってわけ」

 

どうしてそんなひどい事言うんでしょうねコイツは。

 

……この元ネタのセリフを、たまに「全フィクション作品における絶対の真理!」みたいなノリで使っている人がいるんですが、まぁ、実際はこのセリフ、相手を煽るためだけのヤツだし、言われている奴は言われている奴でめちゃくちゃな奴だったので、一般論としてはそんなに気にしなくていいんですけども。とりあえず目標として設定し、目指そうとすることは何事においても重要であろうよ。ただそういうことを認識した上でなお、俺の頭の中には北岡弁護士(仮面ライダーゾルダ)が住んでいて、何かを目指す人を見るとランダムにPOPし、煽って、どっかに行きます。不治の病か。

 

俺は当然何かを目指す人に北岡弁護士(仮面ライダーゾルダ)みたいなことは言わないので、脳内の北岡弁護士(仮面ライダーゾルダ)は、俺だけを不快にして、どっかに行きます。まぁ、ブロックできないbotみたいなものだと思えば、気が楽ではある。ブロックはしたい。出来るモノなら。

 

実際このセリフしか言わないやつを指して北岡弁護士(仮面ライダーゾルダ)を北岡弁護士(仮面ライダーゾルダ)とするのも申し訳ないので、今後俺の脳に棲むこいつのことは「お前いきなりアウトbot」と呼ぶ。

 

ううむ、知らん人が実家でリアルな嫌な思いをするの、読後感に困るな。あるあるネタ、で良いのか……?あるあるっちゃぁ、あるある、では、あんるけんれどんも……。……ネタではねえんだよなぁ……それを言い出したら「すべて」がそうですけれどもね。

 

「推しに一生を捧げてて、全財産使って推しにお布施して、推しが死んだら一緒に死ぬみたいな人なら合格するんじゃん。知らんけど。あたしは一応オタクだけど、ちゃんとした、みんなから認められるタイプの、見本みたいなオタクじゃないんよね」

(文學界五月号 P27)

 

実際「合格か不合格かでいうならアンタは合格だよ」としか言えない、こういうオタクは……まぁ、「居る」んですけど……でも自分がそうなりたいか、と言われたら……なりたくはないというか、なろうと思ってなれるものではないというか……うーむ……。

 

「『合格のオタク』っていうのはさ、『合格のオタク』になろうとした瞬間に失格なのよ。お前、いきなりアウトってわけ」

 

……また出やがった……!

 

いやまぁ、これに関しては確かに俺自身もそう思う部分はあるというか。「合格しよう」、転じて「ジャッジに認められよう」、という意識があるならば、それ自体が瑕疵となり得るというか……。

 

ただこの件に関しては、合格なオタクになりたい、なりたくない、という話以前に、「まずジャッジが誰なんだ」という点をはっきりさせなくてはならぬ。誰なんだマジで。俺ではないことは確か。

 

……もしかしてアンタなのか、お前いきなりアウトbot……!

 

注文からすぐにシロノワールが運ばれてきた。円形の分厚いデニッシュの上にうず高く盛られたソフトクリームが鎮座して、その脇で控えめに顔を覗かせたさくらんぼがやけに小さく見えた。
「写真よりデカすぎんか?」
「加工詐欺だねこれは」
翼沙は意を決したようにシロップを上からかけていく。 琥珀色が皿へと零れた。
「写真よりショボいよりはいいのかもしれんけどさ、いいことだからって何してもいいわけじゃないでしょ…… おいしいのが余計にムカつくな。なんだこの店」
「もう来ない?」
「いや、来る」

文學界五月号 P27)

 

……些事ではあるが。……ううん……。……言うか……。

 

……君ら割とネットに触っているようだが、その中の誰か一人でも「コメダ珈琲のメニューが思ったよりもデカかった」ネタに触れた人は居なかったのか?頻出問題、基礎だろう、これは……。

 

いや、違うのか?頻出問題だからこそ、か?自分が出題側に回るチャンスを逃してはいけない、そういう気構えなのか?あわよくば自分が出題したその問題をバズらせようと、そういう魂胆なのか?バズを目指していたのか?ああん?

 

ならば、お前いきなりアウトbot、お願いします!

 

「ネットで複数回、頻出だと判断できるレベルで『コメダ珈琲のメニューが思ったよりもデカかった』ネタに触れた事のある人は『割とネットを触る』レベルを数段超えた『廃人』レベルで、彼女たちはその域に達してはいなかったっていうだけでしょ」

 

……たまにこっちから頼むとこれなんだよな。

 

で、まぁ、その。物語は進みまして、翼沙さんの長台詞。

 

おおぅ……。……おおぅ……。なるほど……いや、まぁ、「ある」だろうな、こういう事例は……。

 

そしてお母さんとの会話にも続くわけだが、このように「事例で対応をマニュアル化・パターン化する」風潮こそが主人公を苦しめる、という訳ですね。なんなら「あなたはこのような部分が嫌なんですね」という風に、「第三者言語化する(たとえ多少的を得たものであろうとも)」事自体、彼女はあまりよく思わないかもしれなくて……すると下手に言及も出来ん。堂々巡りの無限ループじゃ。

 

これは彼女の側にしてもいずれ無限ループにとらわれるだろうところが怖いですね。「マニュアル化されていない対応が欲しい」、「個別の事例として対応してほしい」……という事例への対応がマニュアル化されていないはずがなく、そのことに彼女が思い当たるのもまた時間の問題なのでなぁ……。

 

「会ってほしい」「会って話したら分かることもあるし」「今日は混乱してるなら違う日に直接落ち着いて話したほうがいいかも」「人と人って会わないと本当のコミュニケーションが取れないと思う」「最低限の礼儀だよ」「高校生だとまだ分
からないかもしれないけどこういうところで人間性が出てしまうから気を付けた方がいいよ」
流れは止まなかった。まどかからうみちゃんに渡せる言葉は、もうそばになかった。
ブロックという機能は言葉を失った人にやさしかった。

文學界五月号 P36)

 

そうだな、最善手だ。

 

……いやマジでミノタウルスの皿的というか……「言葉は通じるけれども会話は出来ない」の描写として、かなりえげつなかったですね……。

 

本当は「ボーボボのスピンオフにおいて『最前線にとりあえず天の助を放り投げる』が最善手扱いされており、実際真面目に考えても最善手なの、好き」みたいな話をしたい気もするんだけど……描写がかなりえげつなかったので、天の助がどうこうとか言ってる場合じゃないなって……。

 

「朝、チョコ味のコーンフレーク食べててさ、床にフレークが一個落ちてたから、拾って食べようとしたのね。口の中に入れる直前に、何か変だなって思ってよく見たら、うちで飼ってるウサギのうんちで」
悲鳴のような笑い声を上げて翼沙がのけぞった。 手にしていたガトーショコラがへこんだ。 粉砂糖が紺色のセーターに新雪を降らせた。
「うんちだよ? やっぱ普通に笑うよね。 笑い話のつもりで彼氏にも話したら引かれたうえに『そういう話するなよ』とか怒られて」
「それで別れたん?」
「そう。 まじであいつ、うんち野郎すぎる」

文學界五月号 P38)

 

……どうだろうな……。コロコロコミックのラインは超えてるんですよね……。まぁ結局、食ってはいないようだから、笑い話……かなぁ。食ってたら心配が勝つ。出した直後は無菌らしいですけれども……それは尿だっけ?あんまり調べたくねえよぉ。

 

俺ならとりあえず怒りはしないか。戸惑う。どういうリアクションが求められているんだ?となる。引くか引かないかでいえば、ううん……引かないようにはする。確約は出来ない。めちゃくちゃハイテンションでこの話題を出されたら引く可能性はある。どういうリアクションが求められているのか、余計に解らなくなるためだ。

 

やはり基本的には対応のマニュアル化は助かる。どんどんやってほしい。

 

……途端に主人公が「そんなマニュアル通りの対応じゃなくて、『私』という事例に即した、血の通った、人間味のある対応をしてほしい!」と現場にクレームを入れてくる客に見えてきてしまったな……。

 

……クレームを入れるのは別に良いんだけどよぉ……「マニュアル通りの接客」をしている現場じゃなくて、「マニュアルを作った」本部に言ってくれねぇかなぁ……。あ、その際に「××店の〇〇という店員が……」とかは言わないでいただけると尚のことありがたいです……。

 

「現場はあなた方の作ったであろうマニュアルに間違いなく沿って動いており、私としても現場の皆様に過失は無かったと考えているが、その上で基礎となるルールであるマニュアルに改善できる点があると考え、一つの提案としてマニュアルを作る側のあなた方に話している」というスタンスで改善点を伝えていただければ、恐らく現場が特定され、怒られて、それで終わりだ。終わりだ終わり。

 

……フーッ……落ち着け……ちょっと良くない思い出に囚われ過ぎている……クレームを入れる、改善を求めるのは決して悪い事ではない……その内容を吟味した結果、現場の実情に即さないと判断され、必ずしも思い通りの結果にならない場合がある事さえ理解していただけるのであれば……よし。落ち着いた。

 

「『落ち着いた奴』っていうのはさ、『落ち着いた奴』になろうとした瞬間に失格なのよ。お前、いきなりアウトってわけ」

 

当たり判定が広すぎるぞこのbot

 

あー、あったわー。教室がこういう空気になる時はあったし、「コントか?」みてえなタイミングで先生が入ってくる事もあった。アレはなんなんでしょうね、そういうタイミングでの入室が印象に残っているだけか?実は部屋の前でちょっとタイミングを測ったりしているんじゃないのか?

 

……そして「失言の連鎖」……!失言により冷静さを欠いた結果、更なる失言が生まれるコレは……学校の中にもあったし、もはやネットでは毎日のように……!

 

……やはり「あるあるネタ」を楽しむ、と言うのは、純文学の楽しみ方としてアリだよな。うん。

 

……ううむ。自分が困った際には「マニュアル通りの対応」をしてしまいそうになる、その部分をしっかり書かれると、「そうなるよな」と、好感度が持ち直してくるな……。チョロし。そして最終的に下した判断は……最善手では恐らく、無いが。いいんじゃないですかね。「この言葉」を引き出せる対応は、これしかなかっただろうから。

 

「既読スルー」を初めに悪とした奴、俺はだいぶ嫌いですよ。

 

「わたしに優しくしても、いいことないし、これで復縁するとか、ないですから」
「え?」
「だから、これでほだされるとかはないですから」
「······や、もう新しい彼女いるし。 なんで元カノに永遠に好かれてると思ってるの?」

(文學界五月号 p49)

 

切り替え早ッ。

 

まぁ、アレよ。別に「悪い人」じゃないですからね、この人も。ちょっと「脚本」に人を巻き込むだけで。店員としての対応は、「店員」の立場を超えて丁寧でしたし、相手役の御本人に了解さえ取れば、ガンガンに脚本通り演っていけばいいんじゃないですかね。

 

で。そう言う時にはそう言う対応、と。良いオチだ。

 

 

 

読み終わりました。新人賞がこれ?第一作?レベル高いなぁ。審査員が満場一致だったそうなんで、頭抜けた出来ではあるのでしょうがな。

 

主人公が色々と周りの人との関わり方に困る話、ではあるのだけど、読み終わって振り返るとその周囲に「悪い人」はいないんですよね。(元)恋人も先述の通り悪い人、ではない。困った人ではあるが、ああいう対応が正解の場も、あるにはあるのだろう。今回は無許可で巻き込まれたのでアレでしたが。

 

周囲の人の主人公への対応は、ある種「よくあるモノ」、「自然なモノ」であり、それゆえにむしろ主人公は悩み、苦しむ、というのは、その場合に応じた「よくあるコミュニケーション」、「自然なコミュニケーション」を、「この場合はこういう対応になりますよね?」と普通に読者に受け入れさせることができないと書くことのできない物語でしょうから、これをデビュー作で書き上げたのはすげぇなぁと素人ながらに思います。

 

お話の流れも、細かい描写に至るまで、丁寧で分かりやすく、読みやすい……良いお話でした。俺の場合は途中でなんか茶々を入れてくる変なbotが湧きましたが、ふつうはアイツも出てこないだろうし。

 

だがこの文章を読んだ事が原因で、ほかの人の脳にもアイツが住み着く事はまぁちょっとだけ考えられるので、まぁなんというか、悪いことしたなぁ、と思いますね。これが【感染系ミームオブジェクト】だ。厄介ですね。まぁ実害はないし、多分ほっといたら消えますよ。すまんな。

ウナギとデンキウナギと多分タウナギ「足の間」

【あらすじ 同居している外国人労働者の同僚に彼氏が出来たから色々付き合わされる話】

 

両手に持った棒の先にある電極を水の中に浸して、水中の川魚やカニやウナギなどを感電させる。失神した淡水生物は簡単に回収できるから、そうやって捕獲した獲物を家で食べたり市場で売っていたりしていたのだと言う。その漁法は違法らしかったが、絶対見つからない、と彼女は言う。

(文學界四月号 P243)

 

……電撃(ビリ)漁……!知っているぞ、有名な違法漁法だ……!パンドラシャークで見た……!

 

パンドラシャークの続刊、どんな具合でしょうかね……。ヴォジャノーイが登場したところで一区切りとなり、確か電子版でも続きは出ていなかったはず。成田先生は下巻の執筆をしているらしいので、動きはあるのでしょうが……その際には上巻も含めて感想を書くか。

 

……「彼」、ヴォジャノーイと入れ替わりで、本当に出番は終わりで良いんですかね?いやぁ……俺にはそうは思えんのよ。アイツの所属、アレがアレなので、死の偽装くらいは全然やるから……。

 

……やると言うか、結果的に出来てしまうと言うかムニャムニャ……確か「社員全員」では無かったはずなので普通に死んだ説もモニョモニョ……。

 

この辺りは恐らく例の震災か。地理・時期的にはだいたいあの辺りのお話、としておこう。後でまた変わるかもしれないし。あっち・あの時の豪雨だとしても筋はある程度通るしな……。

……天災に関しては本当にどうしようもねえ国である。ううむ。

 

一緒に働くことになっている外国人の子が相部屋を希望しているから一緒に住んでくれないかと店長から相談されたときはさすがに少し迷った。でも二人で折半すれば寮費は半分ですむし、部屋は他にも空いてるからイヤになったらすぐに一人部屋に移れると言われ、会ったこともない外国人の同僚と同居することを決めた。

(文學界四月号 P244)

 

……まぁ、同性・同僚(同格)であるならばなぁ……。

 

昔の同僚がさぁ、おんなじノリで会社から話を聞いて、「良いよ!」つったのよ。

 

本人がよく聞かなかったのか、会社の説明が半ば意図的に雑だったのかは知らねえけど、「上司」と同部屋だったんですよね。

 

正確には「上司の上司たち(と立場上は同格なんだけど社内派閥的にはその中でも一段上のまとめ役)」くらいの、そこそこ以上に偉い人。単身赴任で会社契約の寮に入ってて、その上でこっちでの住まいにあんまり金使いたくねえっつって、そういう話を会社に持ちかけたらしいです。マヌケは見つかったようだな。

 

……夜遅くまでコンビニとか漫画喫茶で時間を潰し、なるべく一緒にいる時間を減らそうとするA君の目は死んでいた……。結果、出費、増えてますからね多分……。

 

……「元」同僚って言う通り、彼はもう辞めましたがね。そりゃそうよ。いやこの話はフィクションですけど。

 

まぁそういう話に繋がってくるか。ドロドロしそうだな。

 

やはり地震……。

 

苔良いよね。アンガールズの田中も好きだって言ってたよ。アンガールズの田中は好きなんですけど、アンガールズの田中はアンガールズの田中であって、敬称をつける気にはならんのは何故でしょうね。つけた方が良いんだろうけれど。芸能人はその辺り難しい。

 

いつだったか力一さんも「平沢進」の敬称で悩んでいた記憶がある。力一にさんをつけるのはなぜだ?これは敬意どうこうという問題以前に、文章の中で「力一」という単語が突然登場する場合、それが名前だと分かりにくいからですね。ぱっと見が「かあ」なんだよな。

 

あたしは体力テストで伏臥上体反らしをする男子中学生のような形をした本州の股間あたりを指さし「ここ」と答えてから 「あなたの田舎はどこですか?」と聞き返してみる。

(文學界四月号 P247)

 

……どこだ……?

 

(「伏臥上体反らし」を画像で検索する)

 

あ、これか……。

 

……どこだ……?

 

冷静に考えれば「あの地震で影響を受けた辺り」、広すぎて特定が出来ないぞ……。俺の地元でも距離自体はかなり離れているが被害は確か出ていたはず……いやマジで震源の方々からすれば軽いが、しかし「影響がなかった」とはいえないのだ……。「男子」である事に意味がある……?

 

…………「出っ張り」……アソコか……?

 

連想の経緯が酷すぎる。

 

彼はそう言って木目模様が印刷された折詰を開いた。 一面のこげ茶色。まず目に入ってきたのはその色で、 こげ茶色が縦方向に並んでいた。だけどその形状のせいで完全な平行線には見えない。 錯覚画みたいだ。最初は四列に見えていたが、よく見ると切れ目はひとつで、物体自体は二列だった。 さらによく見ると横方向にも三本切れ目がある。 二かける四。そこには八個の直方体が詰められていた。
「うなぎ」

(文學界四月号 P248)

 

こう書かれると数学の図形の問題っぽさがあるな。多分錯角や同位角、対角を利用し、線分の長さなんかを求めつつ、最終的には三角形の相似なり合同なりを証明する系の問題だろう。

 

久しくやっていない。今やっても解けるだろうか。合同条件とかは多分覚えてるんですけどネー……細かい部分のセオリーはもう忘れてしまったよ。数学に重要なのは数感。刃牙道にもそんなセリフがあったような気がする。

 

自分が夜の田んぼで感電させてきた生き物がそんなに高価で販売されているのだから。

(文學界四月号 P248)

 

一瞬「感電させられてきた」に見えて、デンキウナギ!?と思いましたが、違いましたね。普通のスーパーにデンキウナギは売ってねえよ。

 

ところでデンキウナギってウナギとは全然違う種類なんですね。ウナギはウナギ目、デンキウナギデンキウナギ目だ。こういうことを言うと「目って何だよ」となると思うが、そこは各自で調べてください。なんで俺がそこまでせにゃならんのだ。

 

あとはデンキウナギといえば、カーレンジャーの緑が雷嫌いを克服するために食っていましたね。まぁそんな事はどうでもいいんだ。

 

さあこうなると彼女の話をもとに英語を介して互いの辞書からさぐりだしたものがうなぎだったのかさえあやしくなってきた。 最悪、彼女がヘビとうなぎを取り違えている可能性だってある。 水がないときは土に潜っている。 と言った彼女の説明からして魚というよりヘビっぽい。ただ、すでに何が違うのかはこの際どうでもよかった。

(文學界四月号 P249)

 

……これは、マジでデンキウナギでは……?

 

……いや違うな、恐らくこれは、タウナギ……!

 

大阪とか奈良とかの方なら日本にもいるようです。一応関東での目撃情報もあったはず……。タウナギタウナギタウナギ目って言うところに属する、ウナギともデンキウナギともタウナギとも全く別の種類の魚です。だから目とはなんだ。興味ないやつに説明するのは難しいんだ。興味がある人に説明するのはそれはそれで怖いし。この分野は分野全体からすれば素人なのですがお前よりは詳しいと自負がある故の質問が飛んでくる。怖いね。

 

そうはいってもパッと見は同じだからなぁ。ポケモン風に「この中から好きなのを選べ」と言われて、ウナギ・デンキウナギタウナギだったら、まぁ困るよね。「一目で大体の属性が推察出来て、しかもその強弱関係までなんとなくわかる」という意味で、やはりポケモンの御三家はエポックメイキングですねぇ。エポックメイキングってなんだ。よくわからん。わからん横文字を雰囲気で使うな。はい。

 

デンキウナギが「みず・でんき」なので他に有利なように一瞬思えるが、タウナギは「みず・じめん」なのでそれは罠だったりする。ウナギは「みず・どく」かな。あのヌルヌル毒なんですよね。

 

おお、このまま爽やかに終わるかと思ったら。

 

いやまぁそうなるわな。問屋!

 

「私のほうが先にあの人のこと、好きになったんです。 あの人が四月に市役所に入ってきたその日に好きになったんです」

(文學界四月号 P251)

 

B(W)SS(僕(私)の方が・先に・好きだったのに)だ!

 

近年はNTRとは明確に別ジャンルであるとの見方も広がり、その背景には「単なる快楽堕ちまでNTRに加えられている」など、「純愛ではない」作品の安易なNTR認定があり、それに対する反発ではないかと専門家の指摘がありそう。俺は知らん。この分野は素人なので。この分野は分野全体からすれば素人なのですがお前よりは詳しいと自負がある故の質問が飛んでくる。怖いね。

 

まぁ誰かの地雷を踏んだけどそれが地雷と知らん人の反応なんてのはそんなものよ。不意打ちでびっくりさせてやろう。

 

……対応が……穏当……!いやまぁ、リアルといえばリアルではあるけれどもだ。

 

七月に入り、 彼女が数ヶ月に一度国に送金しなければならないお金の額が突然、半分になった。正確に言うと日本円を彼女の母国の通貨に両替すれば、以前よりも倍の価値を持つようになったということだ。母国に送金する借金の返済分が半分以下になったということは、国に帰って家族のために使おうと貯金していたお金の価値も倍になったということだった。

(文學界四月号 P257)

 

この辺りは自分には手に負えない情勢の影響をモロに受けるので海外から来ている人はマジで大変ですよね……。今回はたまたま好転したけれども、運が悪けりゃ逆もあるわけで……。

 

どうやらあたしは親の意向によって引き裂かれるふたりの悲劇的展開のようなものを勝手に予想していたらしい。

(文學界四月号 P259)

 

勝手に劇的なドラマを望むのは確かに厄介であるなぁ。特に実在の人物にそれを求めるのは……と書いたが上で俺もB(W)SSにやってたわ。反省……。

 

……いやでもフィクション作品にはそれを期待してこそ、じゃないか?……という気もする。作中での「実在の人物」は、こちらには、少なくとも「そのまま実在」するわけではないのでな……。

 

例えばもっと上に居る元同僚のA君に、「なんで普通にやめるんだよ!上司と戦って己の権利を勝ち取るんだよ!」みたいな事を望む、もしくはもう直接言ってしまったら、それは反省が必要だが、俺は彼については当時から「……しゃあないっすね……」としか思っていないので、セーフでは……?……仕事が増えるから「……しゃあないっすね……」の3点リーダー部分は許してくれよ。実際A君がやめた直後は色々大変だったんだよぉ。

 

……ああいや、違う。アイツもフィクションです。非実在

 

 

 

……読み終わりました。

 

最初に彼女が泣き出しちゃった流れなんかからは、もっと陰鬱な物語の流れを想像していましたが、思ったよりも爽やかに終わりましたね。いや道中は色々あったが、温泉旅行なんかはマジで爽やかな流れで、うむ。

 

「外国人の目から日本という国を見る」とか、そういう要素がある場合、過度に良く見ていても、過度に悪く見ていても、俺は割とウゲー……ッとなってしまうのだけど、今回はそういう事はありませんでしたし、最後まで面白く読めました。

 

そういう風に言われてみれば「ああいう風に始まった恋がなんだか爽やかに終わる」みたいな話の流れも人によっては「都合の良さ」みたいなものを感じる場合があるだろうに、そういう事にもならなかった。まぁ結局人による部分はあるでしょうがね。

 

フラットな視点でありながら、それはそれとして「視点の差」自体はしっかりある……彼女が故郷で食ってたのは結局なんなんだろうか。多分タウナギであっていると思うんだけど……。

 

ウナギとタウナギという「素人目からは同じような動物にしか見えないが実はぜんぜん別の生き物」を、日本人と外国人に見立てている、というようなこじつけも出来なくはないけれども……これは多分たまたまじゃないかなぁ。それやるんだったら「タウナギ」という生き物の名前を出すと思うんだよなぁ……。それとも敢えて省略する高等テクニックなのだろうか。

 

純文学には「答えがない」。それ自体はよく聞く言葉ではあるけれど、しかしこれについてはなんか、どこかで明らかにしてくれても良いんじゃねえかなぁと思うのは、やはり純文学の読み方として、どこか間違っているのだろうか。

 

まぁ「答えがない」……転じて「正答がない」問題で間違えるのも、なかなかオツなモノだとは思うので、別に良いんですけど。「これは正答ではない」を繰り返していけば、消去法でいずれ正答にたどり着けるかもしれないし。

 

なんでしたっけ?ヘンペルのカラス?

 

その例えダメな奴じゃなかったかな。あれ。理論上はイケるけど現実的にはまぁ無理だよねみたいな話だったっけ?なんかどっかで根本的に間違えてるんでしたっけ?

 

ん?……わからねぇなぁ。答えがないなぁ。