節足雑踏イケタライク

日々思った事や、書籍・映画・その他の感想なんかを呟きます。あまりマジメではございません。

ニ〇〇〇の連休と壱百満天の笑顔【壱百満天笑顔編】

YouTubeの配信を見ながら読書をするのにもだいぶ慣れた。

 

どちらがメイン、という事もない。どちらも同じようにこなし、片方がもう片方に比べ明らかに面白くなってきたら、その時は面白い方に集中する。趣味というのは少なくとも俺にとってはそういうもので、後ろめたさのようなものはそんなに無い。

 

酷い時にはここにFGOの周回とかマスターデュエルとか入ってきますからね。そういうマルチタスクばかりが上手くなる。これを仕事に活かせればええんですけどねぇ。そちらの方はダメダメだ。

 

さて先日、いつものように趣味のマルチタスクをしていると、「同じような話題を同時期に別媒体で聞く/読む」という割と珍しい体験をした。流石に「全くの同時期に」では無かった(本を『読む』方が少し早かった)が、そこまでいくと確実に作り話だと思われてしまうだろうから、むしろ良かった。

 

珍しい体験をしたならば記録しておいた方が良いだろう。読んでいた本と見ていたVtuberを。どちらも面白かったしな。

 

読んでいた本は「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」である。

 

 

見ていたVtuberは壱百満天原サロメさんである。

 


www.youtube.com

 

 

本……「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」には、こうある。

 

離人症という言葉を知ったのは二十歳を過ぎた頃だった。 自分がリアルに存在している感じがしない。自分自身が他人のように感じられる。かといって、他人だけがリアルに存在しているわけでもなく、他人もまた存在している感じがしない。そうした現象が症例として紹介されていた。不思議とうれしかった。 この感覚に名前が付いているということは、一定の状況において過去に別の人間の身にも起きた現象なのだろう。

(「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」P127)

 

Vtuber……壱百満天原サロメさんは、こう語る。

 

 

「わたくし生まれた時から何というのでしょう……わたくしがこの世界に居るのはなんだかおかしい気がずっとしていたんですのよね。なんだかこの世界が間違っているような……『どうしてわたくしはこんなところでこういう風にこんな暮らしをしているのかしら?』と思っていたのですわ。この気持ち……わかりませんか?」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

この「話題」を2つの「媒体」でほぼ同時期……10分は経っていなかったと思う……に叩き込まれたわけだ。なかなか無い経験だった。「どちらかを見ている最中にどちらかをふと思い出す」なら良くあるんですが、思い出すまでもなかった。ついさっきだもの。やや入力フレームに余裕のある黒閃ですね。威力は2乗だ。10分は余裕がありすぎる。

 

「このような感覚を覚えている(覚えたことがある)」ことだけを両者の共通点とすると、覚えた「感覚」は同じような言葉で言い表せるものかもしれないが、両者の対応は対象的だ。

 

 

 

本の著書、上田啓太さんはこの感覚を……ひいては、「この感覚を覚えている自分」を、徹底的に観察する事にした。なにせ2000連休だ。時間はたっぷりある。というか「この感覚」を覚えた(前々から多少覚えてはいたようなので正しくは『強く覚えた』か)きっかけがそもそも自己観察だったりする。

 

自己観察の末にこのような感覚を覚えたが、それでも手を休めることはしなかった。引用した127Pは章題によれば1500日目ほど……まだまだ時間はあるのだから。

 

就活の際に「自己分析」なるものを行った。今俺が書いたこの文章の「自己観察」も、未読の方からすれば「自己分析」みたいなものか、と思われるかもしれない。

 

とんでもない。あんなものはただの面接対策に過ぎない。面接対策に本書の「自己観察」は、とてもではないがおすすめできない。2000連休のその真っ最中という特殊な状況だったから出来た……出来てしまった、というべきであろう。

 

……結末近くの話になるなので反転しておくが、連休明けてもこの感覚自体はまだ割と残っているようだし。迂闊に踏み込んで良い領域ではないだろう。

 

この「自己観察」による対処は、「現実」による対処、と置き換えることができるだろう。「現実」に現実感が無くなったとしても、しかし事実として「現実」は現実のはずである。ならばこの現実に生きる自己を観察することで、「この感覚」に対処出来るのではないか。

 

……著者にそんな考えがあったかどうかは微妙だが(そもそも「この感覚」を覚えるその前から自己観察自体はしていた為。本当にそもそものきっかけ?自分で読め!)対処法として納得はできる。

 

……という風に納得していたが、読み返してみると、著者の考えと多分違うな…………。

 

一般に、離人感は「現実感の喪失」として位置づけられる。しかし、そのときに喪失された「現実」は、むしろ「幻想」と言いかえたほうがよい。離人感の強まった状態において、むしろ「現実」 はむきだしになっている。
頭脳はいつまでも「現実」に出会い損ねる。頭脳が幻想を生み出して、その幻想を感情が支えている。感情によって、幻想がリアリティを獲得する。そして、幻想が現実のふりをする。

(「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」P145)


……えっと、つまり「現実感を失った現実」が「幻想」で……違うな、「現実感を失う」際の「現実感」が実は「幻想」で……剥き出しになった「現実」をあらためて観察する事で……うん。まぁ、そんな感じ……で良いのか不安……。

 

「ここ」は1500日目を少し過ぎたあたりで、すでにある程度深い領域ではあるんですが……まだ「ゴール」ではないので、これから先どこまでいくのかは、実際読んでみて確かめてみてほしい。あと誰か「正しい解釈」を教えてほしい。

 

 

 

一方の壱百万天原サロメさんも、「ここまで」かどうかはともかくとして、自己を思い、考え、悩んだ事はあるだろう。それは人間なら誰もが通る道、ではあるが……。

 

「このですわ口調というのも本当に小さい時から悩んでおりましてどうしても皆様と、他の方達といろんなものが合わなかったりしたんですわ」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

……その口調からは、確かに「苦労」の重みを感じ取れる。

 

「苦労」の果てにサロメさんがたどり着いた「対処法」は、「理想」によるものだった。「現実」はどうにも居心地が悪い。「自己」もどうにも不自由だ。そのくせ「自然な在り方」のビジョンならば、いやに明確に見えている。

 

……なっちまえばいいじゃん。「お嬢様」に。

 

「ですけれども!まぁ色々ありまして大体20歳を超えたくらいから『だからといってどうしようもないですわぁ!』という思考になってきたのですわ! (中略) こうなったら私お嬢様になるしかございませんの!」

(【初配信】壱百満天原サロメですわ!!!【ですわ】から引用 文字起こし・省略は雑踏虫に拠る)

 

……あの人は。あの人は夢を叶えたんだ……。

 

……いや、まだまだ全然その道の途中ではあるのでしょうが。応援しております。

 

自らが「しっくりとくる在り方」を観察し、それを定義し、そう振る舞える場を用意して、その在り方で居続ける……より正確な表現で記すのであれば、そのあり方を目指す自分自身を、現実(Vtuberに対しこの表現を使うのは注意が必要だが、現実として「株式会社えにからに所属する壱百万天原サロメ」があるのは間違いないだろう)存在させてしまう。

 

誰にでも出来る対処法だ、とはとても言えない。「それは本当に対処法と言えるのか?」についても、何も言えない。「このお方はこれからどうなるんですの!?」については、それをこれから見るのは我々自身だ、と答えよう。

 

……最後のアレは多分、もう見ている人だろうから、答える必要は無かったか。マジであの人のお嬢様言語、うつるんですわよね……。



「この感覚」に対する2種の対処法を見てきたが、どちらの対処法が優れている、という話はしていない。サロメさんの対処法についてわかりやすく「誰にでも出来る事ではない」とは書いたが、上田啓太さんの対処法も、大概誰にでも出来る事ではないし。

 

「現実」の対処と、「理想」の対処、どちらが正しいという事もなく……「特に対処せず普通に生きる」も良いだろうし、「詳しい人、専門家に話を聞いてみる」のも良いだろう。どんな風に「この感覚」と向き合うかは、それは人それぞれだ。他人がそれをとやかく言うのはお門違いであろう。

 

結局のところ何が言いたかったかといえば、珍しい経験をしたよ、という話と……そのどちらの話も、書籍も配信も面白かったよ、という話がしたかっただけなので、ここからはその話をします。

 

こちらでは「配信」の話をしよう。2つ同じ記事に書くと、とっちらかるわ。とっちらかったブログではあるが、それでも体裁というモノがある。

 

 

 

さて。

 

壱百満天原サロメ様のお話をするのでしたらそれにふさわしい口調というものがありましてよぉ~っ!以下はこのような口調でお話いたしますわ~っ!

 

……俺がやるとお嬢様じゃなくて「チンピラグループの中に一人だけいるいつも敬語の奴」になるので、やめましょうか……。やはり向き不向きというものがありましてよ。……「自然に出たのは直さない」くらいの塩梅でいこう。多分くにゃくにゃ伸ばし棒が良くないんだと思う。

 

壱百満天原サロメ様のことを簡単に説明いたしますと、先月の5/24にデビューしたばかりのお嬢様……を目指す一般人Vtuberである。

 

そのクセのある苗字、珍しいソロでのデビュー、諸事情による「これ本当に普通の新人なのか」疑惑などいろいろありまして、初配信の前から話題になっておりましたが、予想に反しまして普通に普通の新人でした。

 

こんな普通の新人がいますかですわ!

 

デビューして5日目には登録者50万人を達成、2週間で100万人!

 

所属するにじさんじ……いやいや、Vtuber業界全体でみても異例ともいえるスピードで、その「お嬢様」への道をずんずんと進んでいるわけです。

 

初手住民票、履歴書、マイナンバーカード、胃カメラ(後に胃ではないと判明)の開示……それに始まり、見やすい1時間程度のゲーム配信、お嬢様口調の似あう(時として似合わない)ワードセンス、普段Vtuberをあまり見ない層の開拓、かわいらしい声、キャラクター性……ここまで来ると何が要因とも言えず、「人が集まったから人が集まった」くらいのことしか確かな事を言えなくなってしまいますが、ともかく大変な盛り上がりを見せている。

 

 

 

ここまでウケた要因、は分からないが、俺個人がサロメ様の魅力だと思っている点は、やはりその「個性」だ。

 

「『どこまでも己に自信を持ち、つねに気品あふれる姿たらんとするお嬢様』……に、憧れる一般人女性(つねに気品あふれる姿たらんとするお嬢様たらんとはしている〈それでも時々一般人女性は出る〉)」

 

というその個性はどこまでも複層的であり、あるいはこれこそが【Vtuber】であるという意見もある程度までは頷ける。改めて書き出してみたらものすげぇ複雑な個性だな。上手い人がExcelで書くIF文みたいになっている。

 

(個人的にはRP系の言説(ここまでを反転して「そういう話題かー……」となった人はこの()の中を反転するのはやめとこうね!)はあまり好きではないのだけども、あえてそちらの話題に少し触れるのであれば、お嬢様RPが崩れても【お嬢様RPをしている一般女性RP】はむしろ強固になるので、まぁ無敵だよな!上弦の陸というか、メステルエクシルというか……そういうギミックのアレなりよ)

 

改めて考えてみるに、一番の「個性」の、その中でも特筆すべき魅力はその溢れる「自信」にあるのだと考える。

 

確かに、そのお嬢様口調で……あるいは、その「お嬢様を目指そうとする姿勢」で、並々ならぬ苦労はしてきただろう。現実世界で生きる上では、それは確かに険しい道になるだろう。彼女もそれは解っている。

 

だがしかし、現実でない場所でならば。Vtuberとしてならば。この個性をこの個性のまま活かしきる事が出来るのではないか。出来る。出来て当然だ。なにせこちとら、生まれつきのこの「個性」なのだから!

 

……サロメ様の配信から、そういう己の個性に対する自信を読み取ってしまうのは、俺だけではないだろう。だからこその100万人。存分にやれい。

 

実際、根拠のない自信ではないですからね。デビュー2週間ほどで登録者100万人だ。なんだこれは。だがしかしこれが現実なのだ。そういう現実もあるんですねぇ。現実さんはリアリティを考えねえからな。こういう事は稀によくある。

 

前人未到の速度の100万人。それを超えたお嬢様(一般人)は、果たしてこれから先どのような道を歩んでいくのか。

 

まだまだ目が離せない。100万人と共に、その活動を応援していきたいと思う。

 

何はともあれ、壱百満天原サロメ様、100万人おめでとうございます!