節足雑踏イケタライク

日々思った事や、書籍・映画・その他の感想なんかを呟きます。あまりマジメではございません。

その光景の価値は多分きっと彼にのみ「死後の恋」

夢野久作と言えばドグラ・マグラの著者である。

 

 

 

ドグラ・マグラといえば日本三大奇書のうちの一つであり、胎児の夢がチャカポコする話である。読むと発狂すると言われている。

 

 

 

以上が俺の夢野久作とその著書に関する知識である。「読めば発狂」って凄いよね。誰が言い出したのか知らんが世が世なら訴えられててもおかしくない。あらすじも何も知らん本ではあるが、その状態で「読めば発狂」とネタにするのは良くない。読んでやるなら(俺の中では)許せる。

 

 

 

とはいうものの敷居は高い。発狂云々はネタにしても、読みにくいのはどうやら事実であるらしいから。というか厨二の頃に確か挑戦してるんですよね確か。だが十数頁で「負けた」んです。そして何にも覚えてない。数分くらい発狂したのか?そうなるとマジでクトゥルフの世界だけど。

 

 

 

どーすっかなー、リベンジなー、と見かけた本屋で迷っているとすぐ横には「夢野久作傑作選 死後の恋」。パラパラとめくればそれなりに短い短編集。経験値稼ぎにはよかろうと思い、レジに向かった。以下ネタバレ注意。

 

 

 

・「死後の恋」

あらすじ   ワーシカ・コルニコフ(24歳・男性・ロシア)さんのお話を聞いて、彼の言う「死後の恋」を認めてあげよう!報酬はコルニコフさんの全財産の宝石。

 

 

 

しょっぱなのクエストにしては様子がおかしいですね。ゴブリン退治とかさ、もっと他にあるじゃん。スライムでもいいけどさ。なんかこれ、終盤のサブクエ臭がぷんぷんするぜ。「〇〇でこんなことがありまして……。あなたの目で確かめてきていただきたい」っつって、そこに行ったら色違いシナリオボスがいる奴。

 

 

 

まぁ良いです。フロムならこういうチュートリアルもアリだろう。コルニコフさんの語る「死後の恋」を、しっかり聞かせて頂こう。

 

 

 

「戦地で知り合ったリヤトニコフって言う男の子に、『貴族の生まれを証明するかのような宝石』を見せられてね。まあ貴族っつーか、ぶっちゃけるとロマノフ王家なんだけど。革命から逃れるために兵に紛れてたんだって。で、それがちょっと欲しくなっちゃったある日、俺だけ前線に行く兵の中から逸れちゃって。急いで追いかけたらみんな森の中で死んでんの。もう軽蔑されるかもだけど言っちゃうわ。俺その時に戦場泥棒やろうと思って。で、皆ヒドい有様で死んでるからちょっとおかしくなりながらリヤトニコフの死体探すじゃん?みつけたらさ、リヤトニコフ、女の子だったの。30個くらいの宝石が猟銃で内臓にぶち込まれててキラキラと光ながら粘りついてて」

 

 

 

「多分彼女は俺と結婚したかったんだと思うんだよね。でも俺が宝石の方に心奪われちゃって、踏み込めなかったから、死ぬ間際に宝石を霊媒にして、俺の魂を呼んだんだと思うの。ほらこの宝石、血や煤で汚れてるけど上等でしょ?彼女がそんな恋を見せてくれたから俺も勇気を出してほじくり返したんだけど。誰も信じてくれないんだ。この血は豚や犬のだって。でも貴方は信じてくれるよね?ほら!あげるよ!」

 

 

 

 

……怖いよぉ……。宝石……いらねぇ…。関わりたくねえ……。結局今回話を聞いていた日本人も信じられないっつって逃げるけどね。気持ちはよく解ります。なんだろうなぁ、このコルニコフさん、「関わりたくない人」としての質感が凄くて。悪い人では無いんだろうけれども。

 

 

 

……まず、差し出してるのが宝石かどうかもだいぶ怪しいんだよなぁ。コルニコフさんは、この話を何人にもしている、ちょっとした街の有名人だ。今までに話・噂を聞いたその全員が「適当に信じるっつって宝石巻き上げちゃお」と思わない善人だったとは思えない。

 

 

 

「敵が国宝級の宝石を大口径猟銃の空砲に詰めて打ち込む」なんて真似をするだろうか?人体を撃ち抜いた銃弾が、「血や煤に汚れてはいるがその質は保障される状態」なんてことがあるだろうか?言ってしまえば無粋だけれど……これ、ただの銃弾なのでは?

 

 

 

……まぁガチ宝石の可能性も無くは無いが。プロレタリア的には宝石とかブルジョワの象徴以外の何物でも無いしな。気合の入った赤軍ならやるかもしれん。流石に多少欠けたりヒビいったりはしてると思うが、物理的にアバタもエクボ、と言うことで。

 

 

 

しかしその場合にしても……やはり宝石はいらんか。ロマノフ王家由来、しかもその最後の「皇女」……コルニコフさんも呟いてるけど、これアナスタシアだね……の身体を撃ち抜いた物、となればホープ・ダイヤどころの騒ぎでは無いしな。コルニコフさん以外が持った瞬間に五体が爆散しても驚かん。換金も死ぬほど面倒くさそうだし。

 

 

 

さて宝石か銃弾かはおいておくにしても……どちらにせよコルニコフさん視点・作中では「(自分しか価値を認めない)宝石」なので実はそんなに重要じゃ無いし……。やはり怪我をして逸れたコルニコフさんが色々の理屈をつけて森の中へ「引き込まれる」描写、そして彼女の死体を発見する描写はある種の神秘さえ感じさせる。死体描写結構細かくてグロはグロなんだけどね(それ目的で読むとガッカリするかもだけど)。ただその光景は、コルニコフさんにとっては「告白の瞬間」でさえあったわけで。

 

 

 

さてそういう事をこんな筆致で書かれると不安になるのは、「コルニコフさんはおかしいのか?」という点で、それは銃弾を宝石として認識しているのではとかそういう事では無く……宝石塗れの死体を前に、「彼女の恋を確信し、臓腑から宝石を探り出す」点で。「恋の確信」だけでも良いですよ。死体見て、宝石見て、第一声が「俺に恋してる!」。ここ。

 

 

 

……これを見て「おかしい」と断言はしない。できない。そう思ってもおかしくない程度には神秘的で美しい……やや陳腐な表現ではあるけれど……光景だったのだろうと思ってしまう。話を聞いているだけでも思ってしまうのだから、さて実際に目にした際にはどうなってしまうのか。

 

 

虜になってしまってもさほど無理はない。想像するしかないが、そう思うのだけれども。

 

 

 

彼岸の価値観は常人には伺い知れませんが、離れて見る分には素敵ですね。関わりたくは無いけれども。こういう「新たな価値観」との出会いこそ読書の楽しみではありますが、しかし「死体が綺麗!」はいかに今回が特殊なケースだとしても社会的にはあまりよろしくない。弁解も聞いちゃくれないでしょう。

 

そんなリスクを抱えつつ、これからも読書していきたいとは思うのですが。この辺りを認識せずに、ただ盲目的に「読書しろ」という話になると、おそらくはそんなに楽しい事にはならないでしょうからね。